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日本の森の闇。所有境界線がわからない……

田中淳夫森林ジャーナリスト
森林境界線の調査を行うNPOもあるが……。(穂の国森林探偵事務所・著者撮影)

 昨年、所有者不明土地問題研究会が、長期間未登記の土地が全国で約410万ヘクタールにものぼり、九州の面積(約368万ヘクタール)を上回っていると発表した。

 所有者が不明というのは、所有者がどこにいるのかわからない場合のほか、相続手続きを長年放置したため権利者が何十人何百人と分散してしまったケースだ。その解消のため、今年の国会に、法務局の登記官が独自に所有者不明土地の相続人を調査できる制度の法案を提出すると言われている。

 それ自体は多少とも解決の糸口になるかもしれないが、所有者不明土地の大きな部分を占めている「山林」分野は、農地や宅地とは違った問題がある。

 それは、境界線の未確定問題である。農地や宅地などは、所有者が不明でも、とりあえず土地の範囲は把握できていることが多い。町の中の土地なら、建築物などからわかりやすいし、農地もかつて耕していたのなら、痕跡は確認しやすい。しかし、森林はそうではない。隣との境界線がどこかわからなくなった土地だらけなのだ。

 私の取材した人は、故郷の父がなくなった際に、森林数十ヘクタールを相続したという。そして毎年十数万円になる固定資産税も払い続けている。

 もともと子どもの頃に、父に連れられて所有する森林を見回ったり植林した記憶もある。しかし、何十年ぶりかに訪れた山は、すっかり暗くなり、景観も変わり、記憶を呼び起こしてもどこがどこだかわからない。

 森林組合に相談に行くと「場所や境界線が不明な山は作業できないし、補助金も申請できない」と言われた。ならば自分で境界線を確定しようと思い、市役所で隣接している山主を聞きに行ったら、個人情報保護法のため名前も住所も教えてもらえない。

 相続した森は、実質的に消えてしまった。木を伐ることも道を入れることも、売却することさえできない。これでは毎年払ってきた固定資産税も無駄ではないか……。

 所有する山林の所在や隣接地との境界がわからなくなるのは、所有者が地元を離れて歳月が経ったことも大きいが、森林特有の事情もある。

 まず森林の所有境界は、測量していないケースが多い。境界は「〇〇の木を植えたところ」「大きな石のあるところ」といった目印で済ませているのだ。しかし肝心の目印を相続者に伝えないままて亡くなった人も多いし、歳月は木を成長させたり枯らしたり岩を転げ落としたりする。水害等で境界線部分の沢や斜面が崩れてしまうこともあれば、隣接者が森林を売却してしまうこともある(もちろん売買事実は公表しない)。

 森林に関した地図には、公図や森林計画図、地籍図などがある。しかし公図は、明治期の地租改正の際に作られたもので、聞き取りだけで作られたものも多く信頼性は低い。税逃れのため、わざと少なく申告したのが一般的とさえ言われる。だから面積はおろか形状も参考程度にしかならない。

 自治体がつくる森林計画図は、航空写真などを元に境界を決めたものが多いが、これまた曖昧だ。実際と何キロもずれていることが珍しくない。

 確実なのは測量を行って作った地籍図だが、地籍調査の進捗率は国土の52%(平成28年度末)。森林は45%だが多くは国有林で、民有林ではほぼゼロの自治体もある。

 だから山林を実測すると、帳簿上の面積より広くなる「縄延び」や、逆に狭くなる「縄縮み」と呼ばれる状況が発生する。ときに2倍3倍に達するため、納税額が増えることを恐れて測量を拒む所有者も少なくない。

 そして集落の共有林だったら、最初から所有者が何十人もいて分筆していない。

 森林の境界をいかに探し出すか。方法は、登記簿と各種の図面を取り寄せて突き合わせながら、所有者や地元の山に詳しい人を交えて現地を歩き、地形や植生の違いなどを調べるしかない。木を植えたり伐った年代が違うのは所有者も違っていることが多いからだ。そして目印を探す。木に書き付けがあればよいが……あまり期待できない。

立木にあった所有者の書き付け・著者撮影
立木にあった所有者の書き付け・著者撮影

 境界線の目安が付いても、それは一方的に想定したものだ。確定させるためには、隣接地の所有者と立ち会って決めねばならない。そこで隣地の所有者探しを行う。登記簿や地元の人の記憶を元に片っ端から当たって確認していくしかない。

 所有者が近隣に住んでいるとは限らないし、森林に興味がなければ立ち会ってくれない。主張が食い違う場合もある。どうしても折り合わないと、最後は裁判となるが……。そもそも隣接地の所有者も行方不明だったりする。

 ちなみに、こうした作業の費用は、誰が払うのか。山主に金を払ってまで行う意欲はほとんどない。確定させても何ら見返りがないからだ。

 書いているだけで、どっと疲れてしまった。実際は集落内の調整などでもっと手間がかかるだろう。これらの作業を誰がやる? 労力だけでなく、森林知識や法律なども詳しくないとできない。

 林野庁は、森林バンク構想を進めている。森林環境税の創設に合わせて……というか、この税収を当てに市町村単位で設立しようというものだ。目的は、森林経営の担い手がおらずに放置されている人工林を市町村が預かり、経営意欲のある林業経営者に貸し出して集約を進めることである。

 しかし森林バンクに預けても、境界線の確定が進む保証はない。

 日本の森の闇は深そうだ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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