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バイオマス発電が世界遺産を破壊する

田中淳夫森林ジャーナリスト
急斜面に高さ5mもの法面が200mも続く

 日本でもっとも広い村として知られる奈良県の十津川村。深い自然と古代からの歴史に包まれた土地に、騒動が起きている。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一角である玉置神社周辺で大規模な伐採が進められているのだ。

 村では、林業を活性化するため作業道を開設し大型林業機械を導入して、木材を安定的に伐採搬出する事業を進めている。その一環で、世界遺産に指定された玉置神社の周辺の村有林で10~20ヘクタール規模の皆伐が行われているのだ。おかげで、参道や展望台から醜い光景が広がる事態になってしまった。

 これらの地域は、今後世界遺産への追加申請も可能という意見があるほど、美しい景観を保持していたのに見るも無残な有り様なのである。

 しかも古道近くの作業道の幅員を広げた際に出た土砂が古道を覆うまでになっている。美しい広葉樹群も伐られて、世界遺産の自然景観への配慮に欠けているといわざるを得ない。とくに尾根筋は、十津川水系と北山水系の分水嶺であり、本来地形の改変は認められていないはずだ。

熊野古道に接してつくられた作業道
熊野古道に接してつくられた作業道

「気付いたのは、参詣道を歩いてきた来訪者に指摘されたから。あわてて見に行ったら、こんな状況でした」と嘆くのは、「奥熊野・玉置の世界遺産を守る会」の原秀雄代表だ。会は、村に質問状を提出した。

 

 切り開かれた作業道は、斜面の切り高5mが200m以上も続き、道幅も5mになって10トン車を入れるなど、奈良県の作業道作設指針「切り高1.5m以内、幅員2.5m、2トン車使用」とは大幅に違っている。さらに林野庁の指針「平均傾斜25度から30度程度以下の斜面につくる」「幅員は 3.0m とする」からも逸脱しているのだ。

 もともと村は、手入れ不足の山は水害を引き起こしがちと2011年の紀伊半島大水害を教訓に「作業道を入れて山を手入れし、崩壊から山を守る」という意図だったはず。本来、林業振興は防災にもつながる。だが、この作業道の付け方では逆効果だろう。

 現場を見た更谷村長も、こんな作業道のあり方を「是とはしていない。あの付け方ではかなわな い」と発言したという。しかし、現段階で計画は止まっていない。

サクラなどの広葉樹は伐って捨てられていた
サクラなどの広葉樹は伐って捨てられていた

 

 

 ここで業者の脱法的な施業や荒っぽい工事を批判したり、村の対応を問題視するのは簡単だが、私は単なるこの地域の林業の問題ではないと思う。

 なぜなら、この十津川村の事業は、林野庁の機関紙に紹介されているように、国の林業振興のモデル事業扱いだからだ。そもそも国から莫大な補助金が支出されてきるから推進できている。

 また伐採した木々の多くは、バイオマス発電の燃料に供されていると聞くと、バイオマス発電を推進してきた国の政策の問題でもあると感じる。

 林野庁は、国産材の増産を呼びかけている。「戦後造林した山が伐りどきを迎えたから」という理由である。そのためか木材搬出量が多いほど補助金も増えるという施策が行われている。だが搬出した木材の使い道が十分にない。そして木材価格は下がるばかり。

 一方でバイオマス発電所は、全国に野放図に建設され続けている。しかし肝心の木質燃料の調達が足りるのか疑問視され始めた。その裏で再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)では、燃やすために山から出した木(未利用材)は、一般木材より高く買うという価格設定になっている。

 しかも燃やすのだから木材の質は問わない。量を求めるだけだから、業者は伐採コストを下げることにやっきになる。そこで木材を大量に搬出できる皆伐に走り、しかも作業道も安上がりに、大規模に作りがちになるのだろう。

各地で進む皆伐(上北山村)
各地で進む皆伐(上北山村)

 こんな「低コスト・大量生産の林業」を国が推進している限り、十津川村と同じような事態は全国に広がるだろう。いや、すでに各地に醜い大面積の皆伐地が広がっているのだ。

もちろん林野庁は環境保全の重要性も掲げているが、具体策はない。一方で林業振興策は、山林の集約化や作業道を入れて機械化推進など具体的に示されている。それをそのまま地方に丸投げすれば、今回の事態は予見されたはずだ。

根本的に林業政策の見直しが必要ではないか。世界遺産を貶めても推進すべき林業なんて存在しない。

※皆伐地の写真は著者、ほかの写真は「奥熊野・玉置の世界遺産を守る会」提供。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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