国産漆増産は絵空事。江戸時代から日本は漆を輸入していた

漆掻き職人の腕によって漆の質は変わってくる

 このところ国産漆に関する問題が表面化しつつある。

 というのも、文化庁が、国宝や重要文化財の建造物の修復に使われる漆は、来年度から下地も含めて国産の漆を使うようにと通知したからである。しかし、国産漆の生産量は、消費量の1~2%と言われており、文化財にかぎっても必要な量が確保できそうにない。

 ことの発端は、日光東照宮だったように思う。修復工事が終わって3年目にして塗られた漆が剥げだしたというのだ。ほかにも各地で建物の修復工事後わずか数年にして塗料が剥げる事例が相次いでいる。その理由として、漆塗りの部分を国産漆ではなく中国産漆を使ったから、としている。

 中国産漆は、主成分のウルシオールが国産より7%ほど含有量が少ないという。これを機に文化財の修復には国産漆、という気運が出てきた。たしか小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長の提言もあったように記憶している。

 それはともかく、私は「日本の漆は中国産漆より品質が高い」という発想に疑問がある。仮に中国産漆にウルシオールは少なめだったとしても、それで50年持つはずの漆塗りが3年で剥げるというのは怪しい。

 そもそもウルシノキは中国原産で、日本には縄文時代に持ち込まれたものだ。つまり同種なのだ。

 加えて日本が漆を中国から輸入するようになったのは、最近のことではない。江戸時代中期(元禄時代)から行っていたのだ。つまり元禄文化の華が咲いた頃から、中国産漆なくして漆工芸は成り立たなかったのだ。そして明治になると、すでに漆消費量の8割が中国産漆になった。ほか東南アジアなどからの輸入も合わせると、約9割が輸入漆である。

 その頃の漆を使った工芸品は、3年でダメになったか?

 加えて気になるのは、漆の生産方法だ。ウルシノキの樹液を漆に変えるまでの手順に両国で違いがある。

 日本は今では殺し掻きと言って、10数年育てたウルシノキを数カ月樹液を掻いたら、その後は伐採する。また木に傷をつけてしみ出てきた樹液をその都度素早く掻いて採取する。

 だが中国では養生掻きと言うが、次の年も掻く。当然翌年の樹勢は弱まり、樹液成分にも影響がある。しかも樹液を流れ出させて容器に受けるだけだ。しみ出てから採取まで時間が開くので劣化しやすい。

樹液を加工して漆に仕上げる工程にも違いがある。詳しくは記さないが、日本へ原液を輸送する過程で腐敗して劣化してしまうものが多い。混ぜ物をする話も聞いた。ひどいものは水飴を加えて増量しているというのだ……。

 実際、輸入された漆の原液を見たところ、かなり臭かった。本物の漆は爽やかなニオイがするというのに。しかも濁った灰色をしていたが、あれは本物の漆の色ではない。

 つまり、国産漆ならなんでもよいのではなく、樹液の採取方法や流通と精製法をよくしないと質のよい漆は生産できないわけだ。

 そのためには漆掻き職人の養成が急務だ。漆の質は、漆掻きの技術によって変化する。樹幹への切れ込みの入れ方が悪いと木を傷めて樹液も水ぽくなる。また漆にかぶれない体質でないと難しい。それなのに収入が低く、半年間の仕事なので常雇いにはならない。だから後継者も少ない。

 さらに漆掻き特有の道具も、今では作り手がいなくなった。とくに樹幹に傷を入れるカンナは特殊な形状をしており、それを作れる鍛冶技術の保持者は、現在全国に一人しかいないのだ。

 さて、文化庁の通達どおりにするには、年間2トン以上の国産漆が必要という。しかし2015年度の漆生産量は、1,2トンに達しない。まずウルシノキを増やさないといけない。だがウルシノキは陽光を好むので、疎林に仕立てないといけないし、風下に立つだけでかぶれると言われるから近隣の住人からあまり植林は歓迎されないだろう。また、ある程度平坦な土地でないと漆掻きはできないから、場所の確保が大変なのである。

 このように考えると、いかに「国産漆の増産」が絵空事かわかるだろう。

 本気で増やしたければ、今から年間1万本以上の植林をしなければなるまい。植えて漆掻きができるのはざっと15年後だが。漆掻き職人の待遇をよくして仕事としての地位を高める努力も必要だ。さらに道具の生産も……。その前に、中国産漆の生産方法や流通を改善してもらって品質を上げる方が有効かもしれない。