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人骨かじるシカ、ベジタリアンのクマ……動物の食性は融通無碍

田中淳夫森林ジャーナリスト
ヒグマのベジタリアン化が進んでいる?(写真:アフロ)

 京都府宇治市の民家の近くで野犬がシカを襲う目撃談が相次いだ。コジカをくわえた映像もあることから、人が襲われる恐れもあると警戒が続いている。野犬とは言っても、シェパード種で痩せていず毛並みもよいから、はぐれ猟犬の可能性もある。

 ここで野犬の危険性を語ろうというわけではない。そもそも食肉目の動物が獲物としてシカを襲うことはわりと真っ当な行為である。

 ただイヌをペット、つまり人間の友として見ていた人には驚きなのかもしれない。しかし、一度飼われた経験のあるイヌでも、野生になれば生きるために狩猟能力を発揮することは間違いないだろう。

 人は、この動物の習性はこう、食性はこう、と決めつけがちだ。しかし、実際のところ動物、とくに高等な哺乳類だと、意外なほど幅を持っていて環境に合わせた振る舞いを見せる。

最近驚かされたのは、鹿が人の死体の骨をかじっていた報告だ。アメリカで法医学者が野外で人の死体が腐敗していく過程の研究を行ったところ、記録映像には、なんとオジロジカが骨をかじっている姿が残されていたのである。

ナショナルジオグラフィック2017・05・11

 すでにオジロジカが、魚やウサギの死体、さらには生きている鳥まで食べるという報告は以前から存在した。シカに近づいた鳥を一瞬の間にくわえて咀嚼して飲み込む映像も存在する。草や木の実を食べる草食性動物も、ときとして肉食に転じるのだ。

 ほかにもチンパンジーがリスなどの小動物を捕まえて引き裂いて食べるシーンも報告されている。いや、同種であるチンパンジーの赤ちゃんを殺して食べるケースさえ知られている。まさに共食いである。

 また秋田県で人食いグマが出没したことは記憶に新しい。人の気配を察すると、逃げるのではなく寄ってきて襲ったらしい。一般にクマは人を恐れるから、山に入る時は熊鈴を鳴らしたりラジオをつけっぱなしにしておけばクマの方から遠ざかる、だから安全という“神話”があったが、そうとばかりとは言えないわけだ。

 逆にヒグマの草食化が進んでいるという研究もある。何も草食系男子のようにおとなしくなった、という意味ではない。恋愛しないのではなく、ベジタリアンに……クマの食べるものが動物性タンパク質より植物質のものが増えているという研究結果が出たのだ。

 明治以降のヒグマの骨に含まれる窒素同位体元素の比率を調べると、その個体が何を食べていたかが推測できる。すると以前はエゾシカやサケ、昆虫類が6割以上だったのが、最近の個体は動物質は5%程度となっていた。代わりに増えていたのが、フキやヤマブドウなど草本・果実類なのだという。

 もしかして、この食性の変化が、個体数の増加につながっているのかもしれない。動物性タンパク質を大量に得るのは難しいが、ベジタリアンになれば食べ物を得るのに苦労しなくなるからだ。たとえば人工林であっても植物性の餌なら不自由しない。林床に結構な草木の実がなるからだ。雑木林も、餌の宝庫となる。

 またイノシシを解剖すると、胃袋の中は草ばかりというケースが多いそうだ。ミミズが好きというのも怪しい。実験によると、好んでミミズを食べるケースは少ないことが確認されている。腹を空かしていれば「ミミズも食べる」程度なのだ。ミミズを餌に罠をしかけても、あまり引っかからないかもしれない。

 動物の習性・食性は、わりと融通無碍なのだろう。

 ちなみに日本の生態系を健全にするためオオカミを導入しよう(野に放そう)という意見があるが、そうした論者は「オオカミは人を襲わない」「オオカミは偶蹄類を獲物とする習性を持つので、家畜を襲うことは滅多にない」と主張している。それがいかにアヤフヤであるか、こうした事例からでもわかる。この動物はこう行動する、と決めつけないで向き合いたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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