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養蜂で重要なのはハチミツより花粉だ

田中淳夫森林ジャーナリスト
養蜂の仕事はハチミツを取るだけではない(写真:アフロ)

干していた布団を取り入れたところ、アブが付いていたので手で払ったら指先を刺された。アブではなくニホンミツバチだったか。すぐに針を抜いて毒を口で吸い出したり流水で洗ったり、口もゆすがないと毒が~と大騒ぎしたおかげで、腫れずに済んだ。

今はミツハチが舞い、採蜜に忙しい季節なのだった。

実は我が家の近くには養蜂家がいて、そこで地元産のハチミツが手に入る。国産ハチミツだけでも珍しいのに、裏山で取れたハチミツ(主にヤマザクラやアカシア、ソヨゴなど)の蜜が手に入るのは結構な贅沢だ。

私も採蜜に参加させてもらったことがある。巣箱から垂れるハチミツからは、花の匂いがした。こちらはセイヨウミツバチだが、ハチミツをなめると刺される心配は消えて可愛く感じる。

全世界でのハチミツ生産量は120万トン前後だが、日本国内のハチミツ流通量は約4万1000トン。そのうち国産ハチミツは約2800トンにとどまっている。ハチミツの自給率は7%程度なのである。

養蜂家は、昨年度で9452戸登録されている。ちなみに養蜂は家畜と同じ扱いであり、飼育届を出す義務がある。近年はちょっとしたブームで飼育家は増えているそうだ。と言っても趣味の養蜂が大半だろう。なかには銀座でミツバチを飼って採蜜し地域起こしを仕掛ける田中淳夫という人もいる(注・私ではない)が、数で言えば長野県や静岡県が多い。

ところで、日本のミツバチの総産出額は 約3500億円にのぼっていることをご存じだろうか。これほどの額をわずかなハチミツ(+ロイヤルゼリーやプロポリスなど)で稼げるわけはない。実は産出額の約98%が、ポリネーションと呼ばれるミツバチによる花粉媒介の仕事だ。蜜を集める過程で、花粉を身体に付けて運び、受粉させるのだ。

ミツバチは、果樹や成り物野菜など農作物のポリネーションに大きな役割を果たしている。花粉を運んで稔らせることによって、農産物生産の約35%を支えているのだ。経済的価値で言えば、ハチミツなどの生産物の100倍以上にもなる。

だから果樹園やハウス内などにミツバチの巣箱を設置して作物の受粉を担ってもらうのである。

日本の農地は比較的狭いので、周囲に森や草原があり、ハナバチやハエ、アブ、チョウなどが畑を訪れて自然に受粉をしてくれていた。しかし近年は自然界の昆虫が減ってきたので、今や人がポリネーターを導入しないと花粉媒介はできなくなりつつある。そこで養蜂家がハウスなどにミツバチの巣箱を貸し出して設置する仕事が生れたのだ。ある果樹園に巣箱を置いたら、果実が例年の2倍以上稔ったという報告例もある。またミツバチを守るため農薬なども控えるから、低農薬栽培にもつながっている。

養蜂家からすれば、ハチミツ生産より安定した収入になるうえ、蜜源が減る中でミツバチの餌を確保できる意味もある。だからミカン畑に置いた巣箱からはミカン蜜が取れたりもする。

逆に考えれば、養蜂家のミツバチは、特定の蜜源植物だけに行くのではない。おそらく巣箱を出たら様々な野の花に寄り道するだろう。そこでも受粉を行っているはずだ。

そう考えると、農作物に限らず野の花が稔って種子を付けるのに養蜂が果たしている役割は大きい。もし完全に養蜂がなくなると、自然界の稔りも激減するのではないか。養蜂が里山の自然を守っているとさえ言える。

だからミツバチに指先を刺されたくらいで大騒ぎしてはイカンのである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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