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新しい枕で気づいた!本当の木づかいとは

田中淳夫森林ジャーナリスト
眠り杉枕には“スカスカの杉チップ”がいっぱい詰まっている

年末に、枕を変えた。「眠り杉枕」という。中には6ミリ角の杉のチップが詰まっている。

3つに分かれた袋に杉チップが入っていることで、窪みが上手く後頭部にフィットする。横臥すると、また側頭部にフィットする。そしてほのかな杉の香りに包まれる。なんだか落ち着く。

実は、友人でもある福島県いわき市の株式会社磐城高箸の高橋正行社長が贈ってくれた。この会社は、地元の杉(磐城杉)による高級割箸を製造販売しているが、その工程で派生した杉チップで作り出した新製品だ。

もっとも、この枕で注目したのは、実は寝心地ではない。そう書くと誤解を招くか。寝心地は確実によい。フィット感といいスギの香りといい硬さ高さといい、私好み。実際、年末年始を安眠した。名称通り、眠りすぎた。

ただ、それらは想定内というか期待通りだった。予想と違ったのは、材料の磐城杉の性質である。枕の開発に際して、研究機関に磐城杉の成分と物性を調べてもらったのだそうだ。

まず杉の香りに含まれるセドロールを嗅ぐと、脈拍と呼吸数の速度が落ち、血圧も下がった。脳波にα波が増加して、精神的緊張をゆるめる効果があるらしい。

しかし私が驚いたのは、磐城杉はほかの産地の杉と比べて伸縮性があり、「中身がスポンジのようにスカスカ」「吸水性に富んでいる」という結果が出たことだ。

スポンジのようにスカスカ……。そう聞いてどんなイメージを持つだろうか。

木材として、決して優秀に聞こえないのではないか。柔らかくて寸法が変わりやすいのでは建材としてよろしくない。なんとか改質したいところだ。

これは磐城杉に限らず杉材全般、木材全般に言えることだが、鉄骨やコンクリートなどの素材に比べて柔らかいため強度が弱く傷つきやすく、燃えやすく、腐朽しやすい。

だから木材に塗料を塗ったり樹脂や防腐剤を含浸させたり圧縮したり薄板やチップにしてから張り合わせる。それにより強度や難燃性を増す。腐りにくくする。そんな木質改変技術の開発によって、木材革命を引き起こそうという掛け声が聴こえる。

だが、木材の“欠点”をなくすことは、木材の特徴を失うことである。

手で触って触れるのは表面の塗料であり、染み込んだ樹脂である。木肌本来の手触りではなくなる。硬く冷たくべたつく。調湿作用もないし、木の香りも抑えてしまう。

ならば最初から金属やコンクリート、合成樹脂を使った方が安く付くではないか。木材らしく見せたければ、印刷した木目を合成樹脂の上に貼り付ければよい。(事実、そんな疑似木材が出回っている。)つまり木材を使う必要性はなくなってしまうのである。

行うべきは木の欠点を隠すことではなく、木材の良さ……香りや調湿性や断熱性、遮音性、あるいは弾性、軽さ……などの特徴をよりよく利用することではないか。

そんなことを考えている時に、今回の枕に出会ったのである。磐城杉の特徴を存分に活かす用途としての枕だった。

これからの木材用途は、この方向性を考えられないだろうか。

たとえば建材として使うにしても、素の木材を壁材やフローリング、家具などに活かす。そうしたら調湿効果が期待できるし、触ると暖かい。本当の木の良さを伝えられる。

木の欠点とされる、反り・縮みや燃え易さ、腐朽の心配などは、建築構法や使用部位を工夫したり、ユーザーが木の特性を十分に知ることでカバーできないか。

もっと木材を使おうという「木づかい運動」が推進される昨今だが、無理やり木材を使っても素材としては二級品扱いされるだけ。むしろ欠点に余りある長所を見つけて活かすべきだろう。長所は欠点を凌駕するのである。

そういえば、ドラッガーの「マネジメント」でも、人材活用の要諦は、苦手分野の克服ではなく得意分野を伸ばすことだと説いている。木材も一緒だ。

眠り杉枕は間伐材マークと木づかいマーク付き。
眠り杉枕は間伐材マークと木づかいマーク付き。

木を使うことで木の良さを感じ木が好きになる用途を見つける。木が好きになることで森に思いを馳せる人を増やす。森を思う人が増えることで美しい森をつくり守っていく。

それが私が新しい枕で見た初夢である。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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