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タケノコ堀りは、里山を守るための戦い?

田中淳夫森林ジャーナリスト
タケノコは雑木林にも侵食して竹林を拡大していく

今年幾度目かのタケノコ堀りに出かけた。

今回も20本くらい掘ったか。先日の分を合わせると、約40本。5月の連休までは掘れるので、まだまだ数は増えるだろう。

場所は、我が家が所有する山林だ。山林という言葉を使うのも恥ずかしいほど狭いのだが、そこは雑木林に覆われている。ただ、隣が竹林で、そこから地下茎で越境してきたタケが、我が所領(笑)にもタケノコを生やす。

だから雑木林でタケノコ堀りをするという、ちょっと変わった状態だ。竹林と違って石や木の根の間から顔を出したり、急な斜面に生えたりするので、結構掘るのも大変だ。

タケノコは、そのまま掘らないでおくと、夏には高さ5メートル以上のタケに成長する。すると樹木を押し退け、光も奪ってしまう。その成長力は半端ではないのだ。だからタケノコを放置すると、あっというまに雑木林が竹林になってしまいかねない。

ここで増えているのは主にモウソウチクだ。太くて成長も早い。当然タケノコも太く大きい。これが全国の里山を席巻するほど増えている。

なぜモウソウチクが増えるのかというと、一つには、この種が外来種であることも関係あるだろう。

江戸時代に中国からもたらされたモウソウチクは、戦前までは竹材やタケノコの採取のために人家の近くに植えられた。しかし、外来種によくあることだが、日本在来のマダケやハチクなどより繁殖力も強いのだ。しかも在来種のようにおくゆかしくなく、歯止めなく竹林を拡大していく。とくに戦後は、竹林管理が放置されがちで猛烈な勢いで増えだしたのだ。そのため全国的に、竹林と言えばモウソウチクと言えるほどになった。

放置竹林の増加は、里山環境の大問題だ。タケは、どんどん面積を広げて従来の雑木林や休耕した農地などを侵食する。竹林の生物多様性は低いので、その分里山の環境が劣化することを意味する。タケに覆われた土地は、ほかの樹木はもちろん草も生えにくく、食べられる実や葉も少ないから昆虫や鳥も少なくなるだろう。

また竹林は、根と地下茎を張り巡らせるため地震や山崩れに強いと言われてきたが、最近は地下茎の伸びるのは地表近くであまり効果がないという研究も出ている。それどころか大面積の地表を一緒くたに剥がして崩れてしまうケースもあるそうだ。

だから、せっせと掘らねばならない。そう、これは雑木林を守るためのタケノコ堀りなのだ。

もっとも、ここ数年、異変が起きている。

こちらが掘る前にタケノコが掘られた跡が見つかるのだ。

まず疑うのは、ハイカーである。無断で侵入して、勝手に掘られるのは気分がよくない。タケノコを掘るだけでなく山林を荒らさないか。ゴミを捨てていかないか。実際、お菓子の包み紙やペットボトルの放置が目立つ。

が、さらに上手がいた。その場で食い荒らす輩が現れたのだ。

それはイノシシである。

片っ端からタケノコを掘り起こし、かじっている。それもきれいに食べるのではなく、少しかじっては次に移るようだ。

イノシシが食い荒らしたタケノコ
イノシシが食い荒らしたタケノコ

最初は、タケノコ退治にイノシシが加勢してくれているようなもんだ、と鷹揚に構えていたが、根こそぎ遣られると腹が立つ。せめて数本残しておけよ。

どうやらタケノコは、イノシシの春の重要な餌となっているらしい。この時期にイノシシを駆除して解体したところ、胃の中はタケノコばかりだったという報告もある。冬を越して春の繁殖期に豊富な餌が得られることは、イノシシ増殖の助けになる。里山にイノシシが急増して農作物を荒らしたり工作物を壊す獣害が発生しているが、タケノコの存在が影響を与えている可能性が高い。

これまで、掘りすぎたタケノコをそのまま林内に残すこともあったのだが、それではイノシシに餌を供給しているようなものだ。掘ったタケノコは、必ず持ち出さなくてはならない。

竹林の放棄はイノシシを増加につながり、里山の環境劣化に対して相乗効果を生み出しかねない。

だからこそイノシシと競争でタケノコ堀りをするのである。

だが、掘ったタケノコを不用意に捨てられないとなると、毎年、タケノコの処分に困る。なにしろ膨大な量だ。

最初は、もちろん自宅でも食べるし近所にも配る。しかし何十本にもなると、茹でるのも一苦労で、食べるのも飽きる。配るにしても、2度目3度目となると、正直近所の人も困惑される。

そこで最近は、近隣のレストランに納品することにした。タケノコ料理に活かしてもらえば大量消費できるだろう。私は、その代わりに飲み物をもらったり、料理を割引で食べたりできる。この季節だけ、タケノコは地域通貨となるのだ。

今後もイノシシと競争しつつ、里山の環境を守るため、そして地域通貨を得るために、春はタケノコ堀りなのである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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