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美味い国産ハチミツが食べたい!

田中淳夫森林ジャーナリスト
養蜂は大変な仕事。採蜜だけではやっていけない現実もある

春だ。野に山に虫が飛び交い始めた。

なかでも独特の羽音と飛び方が目に入るのはミツバチである。刺されないか心配する人もいるが、花に群がるミツハチは、蜜を集めるのに夢中で他者を刺さないものだ。むしろ私は、羽音を聞くとハチミツを想像してしまう。

こうしたことを口にすると「ああ、銀座でミツバチを飼っていらっしゃるそうですね」と言われることがある。

残念でした。銀座のビルの屋上で養蜂をされているのは、紙パルプ会館の田中淳夫さんである。

……そう、私と同姓同名(笑)。

よく間違われるのである。私もミツバチや養蜂に関しては結構取材して、記事を何本も書いてきたので、重なるところがある。本を書き下ろす計画もあったが、残念ながら実現していない。

私が養蜂に興味を持ったのは15年以上前なので、多分銀座の養蜂より早いはず(別に張り合っているわけではございません)だ。たまたま近所にプロの養蜂家がいて、地元で採蜜したハチミツを味わえたからである。

最初は、驚いた。それまで口にしてきたハチミツとまったく別物だったからだ。これが本物の国産ハチミツか!

花の香りがする。ヤマザクラのハチミツならサクラの香り、ミカンのハチミツなら柑橘類を香りが。セイヨウミツバチは、一定の花に集中して蜜を集める傾向があるので、何の花の蜜か特定しやすい。

残念ながら現在の日本では、純正の国産ハチミツを手に入れるのは結構大変になった。地元に養蜂家がいるか、あるいは数少ない専門店で手に入れるか……。しかし、偽物も多いという。国産を売り物にしていても、外国産と混ぜているケースも少なくないそうだ。

そもそも、ハチミツのほとんどが輸入品(その8割が中国産)。統計上は年間約4万トンを輸入している。一方、国産ハチミツは2800トン前後、需要全体の7%弱だそうだ。しかもハチミツは、単にミツハチに採取させればよいわけではなく、その後の精製などの処理も重要だ。なかには水飴や砂糖類を添加したような商品もある。以前、抗生物質が検出されたこともあった。

そして養蜂家の数以上に、ハチミツ生産量は漸減している。

養蜂家の戸数は、統計上は約9400戸と横ばいから増加傾向にあるが、全員が専業ではなく、最近は副業レベルや趣味の養蜂家が増えているようだ。趣味の養蜂ではニホンミツバチを使うことが多いが、こちらの採蜜能力はセイヨウミツバチに比して少なすぎるので、生産量的には戦力になり得ない。仕事の大変さ、収入の不安定さから、後継者難も続いている。

その理由の一つは、蜜源植物の減少だ。栽培面積で見たら20年前のざんと6割減。とくにハチミツの中でも人気の高いレンゲは、化学肥料の普及や外来のアルファルファタコゾウムシの蔓延で姿を消しつつある。ナタネも栽培されなくなった。蜜のある花をつける広葉樹も減っている。アカシアは特定外来種として植樹もできなくなった。

加えて、養蜂の仕事の中心が採蜜ではなくなっていること知っているだろうか。

ハチミツ以外? ならば花粉か、ロイヤルゼリー、プロポリスか?蜜蝋という産物もあったが。

実は養蜂家にとって、今やもっとも重要な仕事は、ポリネーションと呼ばれる交配作業なのである。農作物の稔りを助けるのにミツバチを活用しているのだ。 現代の養蜂業は、採蜜よりも野菜や果樹の交配手伝いが大きな仕事になっているのである。

野菜や果実の多くは、ちゃんと花粉が受粉しないと稔らない。花粉が雌しべにつかないと、果実はもちろん、種子も採れなくなる。

受粉は、風によって花粉を飛ばし雄しべにつかせる方法(風媒)もあるが、より確実なのは昆虫に頼ることだ。ハウス内だと風が吹かないし不確実だ。また野外でも自然界の昆虫が減少していることから、なかなか受粉が進まない状況にある。そこでハウス内や果樹園にセイヨウミツバチの巣箱を置くことで、受粉を促すのである。

日本の農産物でミツバチに頼るものは多い。野菜ならダイコン、ニンジン、ハクサイ、キャベツ、タマネギ、カボチャ……。果物ならイチゴ、メロン、ウメ、リンゴ、ナシ、モモ、カキ、クリ、キウイフルーツ……。 

ちなみに日本のハチミツほかの産物の産出額は、せいぜい84億円。養蜂業の年間産出額の98%は交配によって得られている。今では採蜜しない交配専門の養蜂家も増えてきた。結果的に国内のハチミツ生産は、なかなか増えないのである。

ちなみに近年は、世界中でミツバチの大量死が問題になってきた。

その理由としてネオニコチノイド系の農薬が問題視されている。たしかにネオニコに限らず農薬はミツバチの大敵だが、ことはそれほど単純ではない。ネオニコを使っていない地域でも大量死は発生しているからだ。まだ十分に解明されていないため、手の打ちようがない。

ところで、銀座の養蜂は順調なようだ。

都会の屋上ということで、天敵のスズメバチはほとんどいないし、農薬も使われていない。しかも近隣には皇居に浜離宮、そして街路樹と蜜源となる植物が生えているところは多いのだ。もしかして都会の方が養蜂に向いているのかもしれない。

田中淳夫さん。同姓同名のよしみで、ぜひ銀座の国産ハチミツを味わわせてください(笑)。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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