Yahoo!ニュース

「イヌワシのために皆伐」の裏に透ける意図

田中淳夫森林ジャーナリスト
某所の皆伐跡地。全体で100ヘクタールにもなる。

「イヌワシのために」森を皆伐する、という計画を知っているだろうか。

群馬県みなかみ町の国有林「赤谷の森」で行う「赤谷プロジェクト」のことだ。絶滅危惧種のイヌワシの生息環境(とくに餌場)を作り出すために、放棄状態の人工林の木を全部伐ってしまい、イヌワシが獲物を捕獲しやすい開けた場所をつくり出す……というものだ。

日本のイヌワシは、確認されたつがい数は 221前後で、個体数はおおよそ 500 羽程度とされている。なかなか生息数が回復しない理由の一つに、餌場が減っている問題がある。そこで皆伐によって餌場をつくろうという発想なのだ。

この計画の主催団体は、公益財団法人日本自然保護協会のほか、林野庁関東森林管理局計画課、赤谷プロジェクト地域協議会の3つが上げられている。

正確を期すために、3団体が出したプレスリリースの冒頭(趣旨部分)を引用する。

全文はこちら。http://www.nacsj.or.jp/katsudo/akaya/pdf/shikenchi_pr.pdf

国有林の生物多様性復元と持続的な地域づくりを目指す赤谷プロジェクト(群馬県利根郡みなかみ町)は、森林の生物多様性の豊かさを指標する野生動物としてイヌワシのモニタリング調査を続けてきました。今回、これまでの調査結果をもとに、人工林 165ヘクタールを対象として、イヌワシが狩りをする環境を創出するとともに、この地域本来の自然の森に復元する試験を開始します。まず、スギ人工林 2ヘクタールを皆伐する第1次試験地を設定し、今年 9 月から伐採1年前のモニタリング調査を開始します。その後も調査結果を踏まえて 3~5 年毎に順次試験地を設定していきます。試験で得られた成果を発信し、絶滅の危機にある全国のイヌワシの生息環境の向上に役立てることを目指しています。

この計画の前提として、タカ・ワシ類の食性を知る必要がある。彼らの中には魚食性もいるが、多くは小鳥や爬虫類、昆虫を餌とする。とくにイヌワシはノウサギやノネズミなど小動物を食べている。上空を飛びながら、地上を走る餌となる小動物を捕獲するのだ。しかし森林に覆われた日本列島では餌探しに苦労している。もともとイヌワシは草原性の猛禽類とされている。

そこで、国有林を伐採して人工的な草原を作り、イヌワシの餌場を確保しよう、という計画なのである。

イヌワシに開けた土地が必要なのは事実だ。実際に日本の猛禽類には、森林性でも餌場としては田畑や林道など開けた土地が重要であることが知られる。だから、意外と森林の周辺部に出没することが多いのだ。

私は、森林も大事だが、草原の生態系を軽んじては危険だと思っている。

草原の中には、森林より生物多様性が高いケースもあるそうだし、表土を守る力も高い。森林では、降った雨が樹木の樹冠にたまり、それが落下する樹冠雨が生じるが、それは表土をえぐりやすい。むしろ草に覆われた土地の方が、土壌を保護するのだ。草原生態系こそ地域の生物層の要になるのではないかと思っている。

だから、理屈としては賛成なのだが……なんとなく、今回の計画には釈然としない。

そもそも伐採した木は搬出して利用するそうだから、林業そのものだ。イヌワシのためと言いながら、利益を得るものが出る。また跡地に再造林はしないのだろうか。伐採跡地も放置したら、また徐々に樹木が生えてくるだろう。あくまで予定地に草原を維持し続けるつもりなのか、あるいは次々と新しい草原をつくる気なのか。後者だと、皆伐する森林がどんどん広がっていくことになる。

皆伐と言っても、実験地になる165ヘクタールをすべて伐採するのではないと思うが、一か所皆伐した周辺にどれだけの森林が残されるのだろうか。

それにイヌワシのためと言うが、対象は人工林だけだ。本来なら自然林(里山の雑木林など)も皆伐する必要があるのだが、その気はなさそうだ。また暗い森に適応した鳥について留意しているのだろうか。

林野庁は、これまでイヌワシ保護を訴える声を林業振興の邪魔扱いしてきた過去がある。ところが中部森林管理局は、いきなりイヌワシは大切な自然遺産! と熱心に書き込んでいる。

http://www.rinya.maff.go.jp/chubu/policy/business/conservation/kisyo_dousyokubutu/hogo/inuwasi.html

しかし一方で林野庁の担当者は「これでスギ林の皆伐的林地経営ができる」と新聞取材にコメントしていた。なんだか皆伐する理由にイヌワシを利用しようという裏の意図が透けて見える。

実は、現在の林業で皆伐は大きなテーマになりつつある。これまで間伐推進を行ってきたが、戦後造林した山は林齢が40年を越して、いよいよ伐期が近づいた点が一つ。それに間伐では伐採搬出コストが高くつく。現在推進されているバイオマス発電では、膨大な木材資源を山から安く運び出さなくてはならないが、量の確保が難しい。そこで国は皆伐をしたがっているのだ。

噂では、皆伐に補助金をつけようという動きもあるそうだ。税金使って、禿山をつくるのか?

しかし、皆伐はイメージが悪い。なにしろ森林環境を丸ことなくしてしまうのだ。水源涵養や土砂流出防止、生物多様性維持……など公益的機能にも影響があるだろう。また間伐によって森林の二酸化炭素吸収を促進し地球温暖化防止につなげる……と言ってきたお題目に反する。

だから「イヌワシの餌場確保のための皆伐」は、大きなチャンスだと思っているのではないか。地元の林業関係者にとっても、まとまった仕事が提供されるから歓迎だろう。

この実験が「成功」したら(何をもって成功とするのか?)、人工林の皆伐にお墨付きを与えるような気がする。皆伐そのものが悪いというのではないが、その規模や伐り方、そして伐採後の土地の扱いが気になる。実際に、南九州や東北では大規模な皆伐地(1カ所100ヘクタール以上も多い)が広がって問題になっている。

皆伐は猛禽類のためになる、地元も歓迎、だから国有林をどんどん伐ろう、という声だけ広がって、技術もノウハウも規範もないまま全国で行われる可能性だってあるだろう。よほど慎重に取り組まないと歯止めのない皆伐が進みかねない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

田中淳夫の最近の記事