木が先か、家具や家が先か?

クヌギ材でつくられた器。たいていの雑木や果樹も木工の材料にできるという。

北海道を訪れた際、地元の家具職人から質問を受けた。

「300年もののミズナラ材で家具をつくっているが、年々材料が手に入りにくくなってきた。今から植えても使えるようになるまで300年かかるし、どうしたらよいだろう」

たしかに樹木、とくに木工に使えるような太さの広葉樹が育つまで時間がかかる。ミズナラの大木にこだわったら、近く材料がなくなるだろう。

私の回答は単純だった。「ミズナラにこだわるのは止めてはどうか。これまで使わなかった木材に眼を向けるべきでは。本州ではコナラの大木が有効な使い道が見つからないままチップにされたり、そのまま放置して枯れている」。

これまでコナラは、薪や木炭にされたり、シイタケ原木にはなるが、あまり木工用には使われなかった。しかし、コナラ材も材質的にはミズナラと見紛うばかりのものもあり、木工用として利用可能だという研究結果が出ていた。ただ非常に硬くて加工が大変なのと、乾燥が難しくて狂いが出やすいため職人側からすると敬遠しがちだった。

だが、大木のミズナラがなくなりつつある今、改めてコナラに注目してもよいのではないか。コナラは成長が早いし、伐採後も萌芽などで再生しやすい。しかも戦後は、各地の里山で放置されて大径木が多く存在する。

えり好みしている余裕はない。むしろ未利用資源の有効活用すべきではないか。

近年の商品開発は、まず消費者のニーズを拾い出して求められるものを見つけ、それにコストや技術を加味して材料もそれに合わせて調達し生産……という流れが一般的になっている。しかし、木材のように生産に長い年月がかかるものに適用すると、無理が生じる。価格の高騰を招いたり、地元で手に入らず輸入に頼ったり、生産の持続性を失い、結果的に環境破壊も引き起しかねない。むしろ、すでに存在する木材資源に合わせて、活かした利用法・商品を生み出すという流れが必要だ。

実は、日本の木材利用の歴史を追いかけると、同じような事情がかいま見れる。

奈良の平城宮遺跡の研究では、当初、重要な宮殿や寺院は多くがコウヤマキが使われていたらしい。耐水性が強く長持ちしたからだろう。

しかしコウヤマキは群生せず資源としては少ないため、すぐ伐り尽くしてしまった。そこでヒノキが多用されるようになる。ヒノキもコウヤマキほどではないが耐水性に優れ、木目も美しい。またある程度の資源量が保証されていた。そこで寺院建築に大径木ヒノキを使うのは長く続いた。また室町時代に発展した書院づくり様式も、大径木ヒノキを使う。

しかし、江戸時代になるとヒノキ資源は底をつく。そこで寺院建築はケヤキに向かった。現在に残る江戸時代に建造された大寺院の多くはケヤキ柱である。

一方、住宅などではケヤキではなく、スギが使われるようになった。それも細いものだ。また曲がった雑木も意匠に取り入れるようになる。その過程で発展したのが、数寄屋づくりである。当初は茶室(数寄屋)だけだったが、やがて和風建築の代名詞になるほど広がった。

明治に入ると、ケヤキも底を尽き始めたようだ。次に寺院建築が頼ったのは、台湾ヒノキである。日清戦争後に領有した台湾で大量に発見されたからだ。また一般建築には洋風を取り入れ、レンガやコンクリート、金属も登場する。

それは戦後も続き、寺院も含めて非木造建築が増えた。どうしても大径木の木材が必要になれば、材質のよく似た米材やアフリカ産、南米産の木を求めている。

こうした過程を追うと、常にその時代に豊富にある木材資源に合わせて建築様式が移り変わった事実が浮かび上がる。

さて、現代はスギやヒノキなど国産材資源が充実してきた。おそらく木造回帰、国産材回帰の動きが強まるだろう。一方で大径木の広葉樹材資源は危機的な状態である。これまで重んじてきたケヤキやタモ、ミズナラ、ブナなどは手に入りにくくなっている。こだわると材質の近い海外産に頼るしかないが、それでは海外の森林から貴重な大木を奪うことにつながってしまう。

やはり、可能な限り国内の未利用材を活かすことを考えるべきではないか。

そのまま利用するには難点があるかもしれないが、現代の技術では乾燥や加工方法もかなり進歩したし、新たな材には意外な面白みが隠れているかもしれない。その特徴を活かせば、新しい魅力を引き出せるだろう。

同時に大径木資源の回復にも取りかかるべきだ。かろうじて残っている木材資源に群がると、いつか完全に尽きるときが来てしまう。そうなると、否応なしに非木材しか使えなくなってしまう。それは「木の文化」の衰退を招く。

充実してきたとする人工林の資源も、せいぜい60年生までで大径木にはほど遠い。やはり200年~300年生の木材が必要な建築もある。長期的な視点で木材資源の育成を考えるべきだろう。