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日本の林業は、買いだ!?

田中淳夫森林ジャーナリスト
広大な森林を所有して自らデザイン・経営するのは、夢がある

安倍首相は、昨年9月、ニューヨークの証券取引所で「バイ マイ アベノミクス!」と演説して話題になった。自らの経済政策を「買いだ!」と世間にアピールしたのである。

この点については、賛否両論があるだろうが、この際、私も宣言してしまおう。

「バイ フォレストリーオブジャパン(日本の林業は買いだ!)」

……本当かなあ(笑)。

いつになっても、日本の林業の話となると、不景気である。思えば数十年前から「苦境」にあった。

私が大学で学んでいた時代から始まって、卒業後もおりに触れて林業に関する報道や書籍で読む記事は、「いかに日本林業は不振か」という話題ばかり。その理由として、「安い外材」が輸入されていること、日本の国土は急峻で機械化が進まずコストが高くつくこと……などが挙げられる。当時は、それらを真に受けていた。

だが、本格的に林業について勉強を始め、また各地を取材に回りだすと、意外な姿が見えてきたのである。

まず、「安い外材」はなかった。1990年代に、すでに日本の杉材の方がベイツガ(外材の代表格)より安くなっていたのである。また1960年代に外材輸入解禁になったのは、国産材が足りずに深刻な木材不足が生じたためで、当時の価格は国産材よりはるかに高かった。それが円高の進行で国産材より安くなっていくのだが、実は国産材の価格も連動して下がっていく。

そして、とうとう再逆転したのだ。おかげで、国産材の方が安いにもかかわらず、売れないというのはなぜだ? という疑問がわく。

国産材を高く感じるのは、原木価格ではなく、エンドユーザーに商品が届く価格だったのである。言い換えると流通や加工施設の問題なのだ。

急峻な地形のために機械化が進まない、コストがかさむという理由も、輸入される外材の産地を見ると通用しなくなった。たとえばオーストリアやスイス、そしてドイツ南部の山地は、日本と同じか、それ以上に急峻だった。アメリカにも険しい山々の林業地はあるし、地形を理由にコストがかさむ、とは言えないのだ。

さらに言えば、外材(=発展途上国の木材)は、人件費が安く天然林から伐りだしているから、という言い訳も通用しなくなった。すでに外材の産地は北米やヨーロッパが増えているが、それらの国の人件費は日本より極端に安いことはない。また伐り出すのも人工林からが多い。それでも生産効率が非常に高いため、日本と違って採算が合う。

そして21世紀に入ると、一転して「木余り」が指摘されだした。日本の山には十分な木がないと言われていたのが、戦後植林した山の資源量は回復し、有数の森林国になった。そこで「木づかい運動」が政府主導で行われ、「木材(国産材)を使おう」の大合唱になる。

その流れを受けて、大規模な国産材の製材所が次々と登場し、国産材の需要は増えている。今や国産材の取り合いが始まっている。その証拠に、木材自給率はかつての18%から昨今は27%まで上がった。わずか10年ほどの間に10ポイント近くも上げたのは驚異的な回復だろう。一方で外材の輸入量は漸減している。

ほかにも再生可能エネルギーの関係からバイオマスに注目が集まったり、欧米で誕生した木造ビルの建設が日本にも入ってくるなど、新たな木材需要が生まれ始めた。

また地球環境問題の観点から森林管理の必要性も唱えられだした。森林は放置していてはダメだ、二酸化炭素削減、生物多様性、森林景観などに貢献するためにも、持続的な林業を営まなければならない……というコンセンサスが国民の間にも生まれつつある。

このようなトレンドから将来を読むと、決して日本林業に希望がないわけではない。むしろ原因がはっきりしている問題点を改革すれば、十分に採算は合うし、成長が期待できる。

そして、ここからが肝心だが、森林や林業に狙いを定めて新規参入する人や企業が急増しているのだ。

林業が不振だと言われ、山林価格が下がっている中で、どんどん山林を買う動きが起きている。それは巷間ばらまかれたいい加減な「外資が日本の水源地の森を買っている」といった噂話のたぐいではなく、真剣に森林を経営しようと考えて行われるビジネスだ。

わかっているだけで,大手住宅メーカー、製材会社、不動産会社などがどんどん山林を買っている。食品メーカー、医療法人など異業種が山林を買うケースも少なくない。それこそ数千ヘクタールを次々に買収している。年間1万ヘクタールずつ買い増す構想を持つ企業もあるほどだ。資産として持つだけでなく、森づくりや木材生産が目的だ。

さらに個人でも、資金に多少余裕のある人は森林を購入する例が増えてきた。もちろん事業として経営するためだ。委託すると利益は出ないが自分で伐り出せば十分な利益が出る、という自伐林家も増えてきた。なかには「農業の先行きが見えなくなったから、林業に転業した」という人もいる。つまり、農業より林業の方が儲かる、先があると睨んだのだ。また、所有する土地でより良い森づくりを行えば、資産価値が上がる目論見もある。

もちろんリスクはあるだろう。しかし、広大な森林を所有し、自らデザインをしつつ新たな商機に挑むのは夢のあるビジネスだ。また環境に貢献できる可能性も心を奮い立たせる要素だろう。企業が地域や環境に貢献することは、本業にもプラスとなる。不振だと言われる業界にこそ、チャンスが隠れているのかもしれない。

だから、改めて「バイ フォレストリーオブジャパン!」と声を上げておこう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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