「林業栄えて、山村滅ぶ」にならぬよう

100ヘクタールに及ぶ大規模伐採地

最近、「林業栄えて、山村滅ぶ」事態が進行しているのではないか、と危惧している。

この言葉は、考えてみれば妙なことだ。林業は山村経済と密接につながっている。山村が疲弊しているのは、林業が不振だからだと言われてきた。だから林業が活性化すれば、山村に雇用を生み出し、経済も回り始める。地域の財政も落ち着くだろうし、人口減少も歯止めがかかるだろう……と言われてきたのだ。

また環境面からも、日本の森林の約4割を占める人工林の手入れが遅れており、山が荒れたとされる。間伐が行われず密生したままの人工林は少なくないからだ。そのため森林の二酸化炭素吸収量も滞る。地球温暖化防止に森林を寄与させるためには、森林の手入れをしなくてはならない。それができないのは、林業が不振だから。つまり林業が復活すれば、森林環境も健全になり、地球環境にも貢献できるはず。

林業振興で、森林の健全化と山村の再生を行えれば一石二鳥だ。加えて,林業を新しい産業の軸にして雇用創出にもつなげるという目論見も訴えられた。これらが実現すれば、まさに森林-林業-山村は一体として存在していると言えるだろう。

このような発想の中で、21世紀に入ってから林業政策が大きく見直された。植林・育林中心の「木を植え育てる」林業から、間伐促進と木材の安定供給など「木を伐って森を守る」方向に大きく舵を切ったのである。

そのため、外材に頼っていた合板などが国産材でつくられるようになった。安定供給や品質の不安があった国産材製材の業界も、大型化を進めた。そして曲がりなりにも国産材の供給は増え、国産材利用も進んだ。木材自給率は一時期18%まで落ちたが、近年は27%前後まで急回復している。こうした数字を見ていると、日本林業は回復基調に乗ったかに感じる。

ところが、山村に眼を向けるとどうか。

たしかに国産材の供給量はかなり増えたが、ここ数年、需給バランスが狂って材価が暴落してしまった。昨年は3割4割も落ちたケースもある。国産製材には流通や品質の問題があり、供給に対応するほど十分に需要が増えなかったからだ。また合板用の原木は、曲がり材などが中心で、もともと価格が安い。そのため利益は出づらい。しかし何十年も育てた木がほとんど金にならなければ、林業を続ける意欲も落ちる。そのため伐採跡地に再造林せず放棄するケースが増えた。

伐採の生産性を上げるため、大規模な皆伐も増えてきた。100ヘクタール単位の伐採跡地も珍しくない。そして、跡地の再造林は進んでいない。また間伐も、木々を見て伐る木を選ぶ定性間伐ではなく、機械的にどんどん伐る列状間伐などが横行し、山はむしろ荒れた印象を持つ。また生産性を上げようと導入した高性能林業機械は作業道が欠かせないが、ヘタに道を開設をすると山林の斜面はズタズタになってしまう。作業道自体が崩れて山を崩壊させるケースも少なくない。

実際に伐採搬出に従事している人々も、当面の仕事量は増えたが、機械化によってコストも増えた。燃料費やメンテナンス費が莫大だからだ。結局、たいして利益も上がらない。また機械の稼働率を上げるためには、広い森林面積が必要だ。そのため小規模な山主は取り残されてしまう。

肝心の搬出した木材も、地元の製材所ではなく大規模製材工場や合板工場に回るから、山村経済には貢献しない。むしろ小規模な製材所はどんどん潰れた。結果的に山村は疲弊する……。

近年は、FIT(再生可能エネルギー全量買取制度)のおかげでバイオマス発電用の木材チップか高く売れると期待する向きもあるが、これも一歩間違えると危険だろう。バイオマス発電は、稼働し始めると莫大な燃料(チップ)を連続して必要とする。日本の山に、それだけの蓄積があるだろうか。5年10年で山の木は底を尽く可能性がある。あるいは補助金で建てた発電所を停止させ放置するか。なかには建材向きの優良な木材をチップにして出荷するケースも出てくるかもしれない。ていねいに搬出して、製材など手間をかけるより、チップにする方が簡単だからだ。

その結果、見た目の林業活性化とは別に、山村の疲弊が加速する事態が見え隠れする。環境にも貢献するどころか、逆に山を荒らしたと言われかねないのである。

何か噛み合っていない。林業の再生を、地域経済の復興、森林環境の改善につなげられなかった。林業だけを切り離して活性化策を考え、地域や環境とのつながりを忘れていたように思える。

もう一度、仕切り直せないか。林業は、森林の持続と地域経済と結びついていることを肝に銘じて、山村復興の視点から林業を立て直すべきではないだろうか。