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非常事態時に「笑い」は「不謹慎」なのか、お笑い芸人やバラエティ番組の覚悟

田辺ユウキ芸能ライター
(写真:イメージマート)

2024年1月1日、石川県能登地方を震源とする地震が発生しました。被害の全容はまだ見えませんが、痛ましいニュースが毎時届きます。さらに今後も大きな余震の恐れもあるとされています。

各テレビ局は地震発生直後、災害情報を伝える番組に切り替えました。そのため、放送が中止となった正月特番も続出。正月恒例の人気番組『芸能人格付けチェック!2024お正月スペシャル』(テレビ朝日系)、大型バラエティ番組『ドリフに大挑戦!ドリフ結成60周年 爆笑大新年会SP』(フジテレビ系)なども放送が見送りとなりましたが、SNSなどでは「仕方ない」と報道優先に納得の声が多数挙がりました。

バラエティ番組などの存在、追い詰められた気持ちの逃げ道に

一方、テレビ東京系では1月1日、予定時間より遅れる形でバラエティ番組『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』の新春4時間スペシャルを放送。放送中は地震や津波の速報をテロップで表示する対応をとりました。

番組プロデューサーの鈴木拓也さんは「本来は、安全で平和な状況で放送がおこなわれることが、バラエティ番組の制作に携わる全スタッフにとっての願いです。」とした上で、「今夜の放送が誰かの支えになれていれば幸いです。」と願いを込めた放送であることを明かしました。

この判断に視聴者らから好意的な意見が並びました。こういった状況になると、どの地域でも本来の生活ががらりと変わります。災害関連の映像を多く目にすることになり、その影響で心理的なストレスがかかる場合があるとされています。

実際、テレビ番組だけではなくTikTok、Xなどでも災害当時の動画が多数流れるようになりました。こういったダイレクトな映像の数々は、心に大きな負担をかけます。被災地への心配が募り、なにもできない自分を責めるようなこともあるはずです。だからこそバラエティ番組などの存在は、ほんの少しであったとしてもそういった追い詰められた気持ちに逃げ道を作ってくれます。

ロッチ・中岡創一さんなどのユーモア投稿、有志のお笑い情報アカウントが込めたメッセージ

1月2日深夜にはお笑いコンビ、ロッチの中岡創一さんが「眠れない人がいるでしょう」と不安に思う人たちを気づかい、「これで気がまぎれる人なんて ほんの一部だと思いますが しょうもない動画よろしければどうぞ。」と断りを入れた上で、女の子の格好をして映画『崖の上のポニョ』の主題歌を歌う動画を投稿しました。この動画に、不安がやわらいだとする感想が寄せられました。

ピン芸人のひょっこりはんさんは1月1日に石川・かほく市にある商業施設でイベント出演中に地震に遭遇。「ネタ中とんでもなく揺れて、現場はパニックでした!」と伝えながら、「みなさん、絶対逃げてください!」と命を守る行動を呼びかけました。以降も「橋が壊れて進めないところもあったり」など被災状況を投稿するなどしました。

そんなひょっこりはんさんは、「気づいたら靴も衣装の上履きを履いていました」とネタ時の格好で避難したことを明かし、自前のNIKEの靴は置いて来たと記述。「被災した方々、ナイキ、どうかご無事で。」と心配の声をつづったり、翌朝6時57分に「いや寝られるかぁ」と“ツッコミ”を入れたりなどしました。いずれも、ほんのりユーモアをまじえる内容でした。

お笑い芸人やバラエティ番組関係者だけではありません。大阪を拠点とするお笑いコンビ、ネイビーズアフロに関する情報をファンが有志で発信しているXの非公式情報アカウント「ネイビーズアフロ情報」でも、「こんな時に今さら載せても…とかなり悩みましたが」と躊躇する気持ちがありながら、つらい思いをしているファンを励ます意味で同コンビのメンバーの写真が投稿されました。「心置きなくお笑いが楽しめるような日常が一日も早く戻りますよう」というメッセージも添えられるなど、お笑い好きのみなさんの温かさが伝わってくる投稿となっています。

誰かを安心させるための「笑い」は、すべてにおいて「善意」にはなりえないが……

ただ、こういった非常事態時におけるバラエティ番組、お笑い芸人らの対応を「不謹慎」とする声は少なくありません。

実際にバラエティ番組が変わらず放送されている状況について、「不謹慎」との言葉もよく見かけます。中岡創一さんがチョイスした『崖の上のポニョ』の歌動画に対しても、同映画のなかに波を扱った描写があることから非難の声が向けられていました。

ほかにもお笑いコンビ、マテンロウのアントニーさんが、新潟の商業施設のイベント中に震災に遭ったため、新潟から宇都宮までタクシーに乗ってそのあと東京へ帰ってきたことをXで報告。乗車賃が約11万円かかったことなどをファンらに伝えていましたが、なかには「自分だけ助かりたいのではないか」という風な心ないリポストがありました。アントニーさんの内容は決してユーモア投稿ではありませんが、それでも閲覧者から明らかに間違った考えが生まれてしまっています。

たしかに誰かを安心させるための「笑い」は、すべてにおいて「善意」にはなりえないでしょう。特に、2011年の東日本大震災のときにそういったムードが蔓延した感があります。当時は、未曾有の被害に私たちもどのように振る舞えば良いか分からないところがありました。ですので、そういった声が飛び交うのは仕方がなかったでしょう。

しかし以降、有事の際は決まったようにユーモアの発信は「不謹慎」とされることが増えました。そしてそれはコロナ禍でもやはり見られました。もちろん、捉え方や価値観は人それぞれです。ユーモアの節度も守られるべきです。それでもユーモアや笑いに心が救われる人、立ち直るきっかけをもらえる人ももちろんいます。

お笑い芸人のみなさんも模索「自分にできること」

お笑い芸人やバラエティ番組の関係者は、「笑い」を発信することで「不謹慎」と非難を浴びるのは覚悟の上でもあるはず。なぜなら悲しみや苦しみと笑いはもっとも遠い位置に存在しているものですから。

「不謹慎」と責められることを想定しながら、それでも気づかいをおこなった上で誰かを元気づける投稿をするお笑い芸人らの気持ちは、リスペクトに値するものだと思います。みなさん絶対に、誰かを嫌な気持ちにさせるために笑える投稿はしていません。それでもやはり責められる恐れがある。投稿ボタンを押すときの勇気は計り知れません。いずれもその人なりの覚悟を持ったものです。

大きな災害などが起きると、誰もが「なにができるか」と自らの行動について考えることになります。仕事を生かした支援、金銭面での支援などいろんな形をとることができます。それはお笑い芸人のみなさんも同様。悲しみや苦しみとお笑いは遠い位置に存在しているかもしれませんが、それでもお笑い芸人のみなさんも「自分にできること」を模索しているはず。

前述したように節度は守られるべきです。しかしその行動の意味をなにもすくいとらずに笑いやユーモアを「不謹慎」に結びつけて非難するのは、間違っているのではないでしょうか。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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