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『スッキリ』「お約束」が引き金になったペンギンの池への落下、「やってはいけない行為」で笑いをとること

田辺ユウキ芸能ライター
『スッキリ』で番組司会をつとめる加藤浩次(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

3月24日放送の朝の情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)で重大な問題が起きてしまった。那須どうぶつ王国(栃木県)からの中継のなかで、ペンギンの餌やりにチャレンジしていた春日俊彰(オードリー)が3度にわたり、ペンギンのいる池へ故意に落下したのだ。

同動物園はこの行為を「事前の打ち合わせがなかった」として、放送局である日本テレビと番組側への抗議と、視聴者や来園者への謝罪の文書を発表した。

春日俊彰が池へ落下した際、ペンギンを踏みそうになるなど「最悪の事態」になってもおかしくない状況だった。現在まで、ペンギンたちの命や体になにかあったという報告はされていない。しかしペンギンたちが春日俊彰の行動に驚いている様子から、精神的なショック、ストレスを負っている可能性もあり、そういった“二次被害”がこれから浮かび上がることも考えられる。

なぜ「お約束」に抗えなかったのか? 出演者全員が爆笑する異様な光景

まず問題視するべきなのは、スタジオで中継を見ていた司会者の加藤浩次(極楽とんぼ)が何度も、「落ちるな」の意味を含めて「気をつけろよ」と指示した点。「やってはいけない」と繰り返し言うのは、お笑いの世界では「やれ」という意味の「お約束」である。春日俊彰の行動はその「お約束」に則ったものだった。

ちなみに「お約束」とは、お笑いにおける「決まりきった展開や定番のオチ」を意味する言葉。ドリフターズのコントでタライが落ちてきたり、『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)のコーナー「仮面ノリダー」のラストで敵が必ず高所から転げ落ちて爆死することなどを指す。

もっとも分かりやすい「お約束」の例は、ダチョウ倶楽部の「押すなよ」だ。用意された熱湯風呂に慎重に浸かろうとする上島竜兵さんが、肥後克広、寺門ジモンに「押すなよ」と何度も念を押す。視聴者らに「やってはいけないこと」を印象づけた上で、上島竜兵さんはふたりに体を押され、熱湯風呂へダイブして笑わせる。ただその「お約束」は誰かを傷つけるものではなかった。

今回の「お約束」のすぐ目の前にいたのは、バラエティの事情など把握できない、命ある動物。しかもかなりの数で、映像を観る限り、春日俊彰がそこまでペンギンに気をつけている風には感じられなかった。

そんな「お約束」に春日俊彰が抗えなかったのは、お笑い芸人としての性(さが)はもちろんのこと、番組司会者で同業の先輩でもある加藤浩次の指示だったからではないか。

春日俊彰にとって同件は、お笑いの約束事にあまりにも縛られすぎてしまい、周りがまったく見えなくなった結果だろう。そして加藤浩次は、スタジオ内で中継を見ている立場ゆえの無責任さ、そして同番組における自身の権威性が無自覚に働いたように思えた。

その中継映像は、視聴者や動物を思いやる人たちにとってまったく笑えないものだった。そうであるにもかかわらず、加藤浩次ほか出演者らは誰もが大笑い。あわや大惨事の映像を爆笑する光景からは、同調圧力的なものも感じられ、異様でしかなかった。

なぜ誰も「それは本当にやってはいけないこと」と制止できなかったのか、大きな疑問が残る。現在のテレビ制作側や出演者と視聴者の間にある「おもしろいと思うこと」に深刻なズレが生じているのではないか。その一幕から、いわゆる「テレビ離れ」と呼ばれる現象が起きている理由がうかがえた。

「やってはいけない行為」で笑わせようとする、外食チェーンでの迷惑行為の悪質性と同等

最近では、回転寿司店で備えつけ醤油の差し口を舐める利用客の映像が拡散されるなど、外食チェーン各店での迷惑行為がクローズアップされた。数多くのテレビ番組は出来事を報道し、それらの行為を非難した。該当店舗も被害届を提出するなどの対応をおこなった。

ただ、外食チェーン各店での迷惑行為と今回の『スッキリ』の池落下になにか大きな違いはあるだろうか。どちらも悪質性が高いことに変わりはない。ましてやテレビ番組は多数の人が視聴するもの。迷惑行為を助長する恐れもある。

なにより外食チェーン店の迷惑行為と『スッキリ』の池落下に通じるのは、「やってはいけないこと」を「やる」、それが「笑える」というノリ。たしかに外食チェーン店での騒動には「お約束」に近い笑いがあった(実際に笑えるかどうかは別として)。その点で、テレビ業界は「やってはいけない」の「お約束」についてはいろいろ見直すべきタイミングなのかもしれない。すくなくとも、周囲に危険を与えるかどうか、視聴者にどんな影響を及ぼすのか、そういった状況判断のもとでスタッフと出演者の間で意見を共有しなければならない。

春日俊彰と日本テレビの伊藤遼アナウンサーは「やりすぎた」としてペンギンたちに向かって謝罪したが、そのやり方も、腹ばいになって額を地べたにこすりつける形だった。明らかに笑いをとろうとした態度であり、まったく筋違いだった。では一体誰が、どのように指示してそのような謝罪になったのか。これは日本テレビとしてはっきり説明する必要があるだろう。

日本テレビは動物番組をレギュラー放送、4月1日には動物が題材の特番も

テレビ番組では近年、コンプライアンスを強く意識した番組制作がなされるようになった。それに対して「さすがにやりすぎではないか」との声があがることもある。ただ今回のような出来事が起きるとそれも「致し方ない」となり、テレビ制作者や出演者がコンプライアンスについてますます物申しづらい状況にもなる。

またネット上では、動物など弱いものに対して危害を加える人たちの映像が流れることが増えた。動物愛護に反した犯罪の発生も後を絶たない。今回の中継映像はこれからネットの違法アップロードで出回るはずで、不特定多数が目撃することになる。その映像に刺激を受けた一部の視聴者が、外食チェーンでの迷惑行為の波及同様、動物への加害行為に走ることも想定するべきだ。

ましてや日本テレビは、2020年まで『天才!志村どうぶつ園』、現在は『嗚呼!!みんなの動物園』をレギュラー放送している。4月1日には『日テレ系人気番組 春の3時間コラボSP~動物の日~』と題し、おもしろい動物映像などの特集を放送する予定だ。このままだと、動物をバラエティの道具や手段として扱っているとしか思えなくなる。

『スッキリ』は「動物への安全配慮が不足しておりました」と謝罪した。しかし日本テレビとして、あらためて事態を重く受け止め、こういった出来事が発生しないための対策を講じるべきだろう。もっとも避けなければならないのは、3月いっぱいの『スッキリ』放送終了とともに、この問題が風化することである。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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