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かが屋の新しい笑わせ方「演技おもろい」、『ABCお笑いグランプリ』で見せた「ボケがないコント」

田辺ユウキ芸能ライター
(提供:アフロ)

7月10日に開催された、若手芸人の登竜門『ABCお笑いグランプリ』(ABCテレビ)。

43回目となる今回、王者に輝いたのは同グランプリで2度の準優勝経験を持つカベポスター。ファイナルステージでは675点(700満点)で、こたけ正義感、令和ロマンに勝利した。カベポスターは3月開催『ytv漫才新人賞』(読売テレビ)に続いて2冠目。漫才の完成度が非常に高く、これからおこなわれる賞レースでも中心的存在になりそうだ。

そんな今回の『ABC』で興味深いワードが誕生した。それは、かが屋のネタについて審査員・山内健司(かまいたち)が評した「演技おもろい」だ。

かまいたち・山内の審査評「『演技おもろい』という新しいジャンル」

かが屋が披露したのは、喫茶店を舞台にしたコント。

ようやく10連勤が終わると喜ぶ店員(加賀翔)。しかも同僚店員・ハルちゃんが彼氏と別れたと知って、「チャンス到来」とばかりにニヤつきが止まらなくなり、たまらずにバックヤードへ引っ込む。その隙に、客(賀屋壮也)がハルちゃんに声をかける。そこに店員が戻ってきてふたりの間に割って入ったことで、客と小競り合いに。店員は強がったものの体の震えが止まらず、客が注文したホットコーヒーを「カタカタカタカタ…」と揺らしながら持ってくる。そして店員は、コーヒーをこぼさないようカップを鷲掴みにし、手が震える理由を「10連勤なので」と言い訳するなどして、その場をおさめようとする。最終的にはハルちゃんが機転を利かせて店員と付き合っているように見せかけ、客が諦めて帰るというものだ。

山内健司は、このコントでのふたりの演技が抜群だったとして「『演技おもろい』という新しいジャンル」と言いあらわした。

そしてもうひとつ、山内健司から重要な審査コメントが飛び出した。それが「ボケました?」だ。かが屋のこのコントは、ボケらしいボケが入っていないにもかかわらず笑えたと指摘したのだ。

加賀翔のリアルな演技によって、思わず誤解したこと

たしかにかが屋のコントは、「これからおもしろいことをやります/言います」と、笑わせにかかるテイストではなかった。恐怖のあまりにただただ震えが止まらないという、人間誰もが経験するような「内面」と「生理現象」を軸にしており、突飛さで勝負するネタではなかった。それでも笑えた理由は、加賀翔、賀屋壮也がコントの世界のなかに深く入り込んで演技をして、観る者を引きつけたからではないだろうか。

たとえば序盤の「10連勤が今日で終わる」「ハルちゃんが彼氏と別れた」という二重の喜びから、店員の笑いが止まらなくなるところ。加賀翔の演技があまりにリアルすぎて、「もしかしてネタが飛んでしまって、笑いでごまかしているんじゃないか」と一瞬、誤解してしまった。ニヤけが止まらない人間特有の不気味さが見事に出ていたのではないだろうか。

あと、ハルちゃんに絡む客に対して、店員が毅然とした態度をとる場面。ここでの加賀翔、賀屋壮也のにらみ合いから漂ってきた空気感も、コントのそれではなかった。笑って良いかどうか、反応に困る雰囲気だったのだ。

ふたりの演技による、そういったいくつかの違和感や微妙な空気感が実に生々しかった。だからこそ、尋常ではないくらい震える店員の姿は、落差があって笑えたのだ。審査員・小沢一敬(スピードワゴン)による「緊張と緩和」というコメントはまさにその通りで、ピンと張り詰めていたものが緩んだ瞬間は、大きなことが起きなくても笑えるのだと実感できた。

また震えながらコーヒーを運ぶところからは、先ほどの店員による毅然とした態度が虚勢であったことに気付かされて余計おもしろかった。「内心はビビっているのに良い格好を見せたい」という気持ちは、多くの人が共感できるのではないか。

かが屋のネタは、もはやコントというより喜劇に映った。最初から最後まで、どうしても滲み出てしまう人間のおかしみがあったからだ。それを演技としてリアルに表現できているから、山内健司が語ったようにボケらしいボケがなくても笑えたのではないか。

スピードワゴン・小沢も唸った「いない人の会話が見えてきた」

またかが屋のネタは、そこで披露されたコントの前後にある、登場人物たちの日常まで想像させてくれるところがすばらしかった。

前述したように、決して「これからおもしろいことをやります/言います」と宣言してコントを始めるようなものではなかった。登場人物がなぜその台詞を口にするのか、どうしてそういう行動をとるのか。それらの背景について考えさせる内容だった。

まず「10連勤」という言葉で、店員が置かれている状況や感情を理解できた。さらに、明確にされていないが、店員がハルちゃんのことをどれくらい想っているかもイメージさせた。小沢一敬が「いない人の会話も見えてきた」と語ったように、コントのなかでは演じ手がいないハルちゃんという人物の輪郭もうっすら見えた気がした。エンディングは「店員とハルちゃんはどうなるんだろう」とその後の展開について思いめぐらせた。約4分のネタだが、ほかの日常とちゃんと地続きになっていたのだ。

かが屋自身がコントの世界に入り込み、細かい演技を見せてくれたからこそ、観る側もそのネタに没頭できた。それが「演技おもろい」につながったのではないだろうか。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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