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『らんまん』制作統括が語る「朝ドラを書く脚本家」の条件

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK総合

毎日15分×週5回(かつては6回)×半年間という圧倒的物量から、中弛みや息切れも多いNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)。

加えて、15分という短尺で人物像に一貫性を持たせながら「努力」や「才能」「成長」に説得力を与えることは至難の業だ。

そんな中、全て満たしている稀有な作品が、長田育恵作×神木隆之介主演の朝ドラ『らんまん』である。

長田育恵脚本について「確信を持っていた」理由

「『努力』も『才能』も『成長』も、脚本に全部書かれているんですよ。脚本を長田さんに決められたことが1番大きくて。そういえば、今まで『こういうことは伝えておかなきゃ』と思うことが、特に言わなくても、初稿の段階でいつでも出来上がっていました。物語の土台がしっかりしているので、スタッフも役者もその土台の上で、さらに自由に豊かに表現することで、どんどん面白くなっていく。やっぱり脚本がしっかりしていることに尽きると思います」

そう話すのは、『らんまん』制作統括の松川博敬さん。本作の脚本を長田さんに依頼したきっかけは、志賀直哉原作×本木雅弘・安藤サクラら出演の『流行感冒』(2021年)で制作統括を松川さん、脚本を長田さんが手掛けたことだった。

「『流行感冒』でご一緒したとき、締め切りをきっちり守る人で、直しを要求したらさらにその上を書いてくる人であることはわかりました。その時、長田さんで朝ドラをやってみないかといったのは、当時のドラマ部長だったんですけど、『長田さん良いよね、朝ドラ書けると思う?』と聞かれて、僕は確信を持って『書けると思いますよ』と答えたんです」

しかし、数々の賞も受賞するなど、演劇畑を中心に活躍してきた脚本家で、『流行感冒』は単発スペシャルドラマだ。実際、民放ドラマにヒット作を多数持つ脚本家でも、朝ドラにハマるかどうかは未知数。「確信」の理由をさらに尋ねると、松川さんはこんな「持論」を語ってくれた。

「長田さんは、『書き続けられる人』だし、『書くのが好きな人』なんですよね。たぶんいろんなジャンルの物語が好きで、書きたいことがたくさんある人だから、いろんな物語が書ける人。脚本家の美徳って結局、書き続けられることだなと思うんです。長田さんは、直しをお願いしたら、その意見を昇華させて、さらに良いものに仕上げてくれるタイプ。いろんな脚本家さんがいますけど、直した途端に本来の持ち味が損なわれて、良くなくなってしまう人は結構いるんです。そうした難しさを考えると、気になるところがあってもあえて目をつむることや、書き直すたびに色あせていったり、力尽きて面白くなくなっちゃったりという苦い経験はたくさんあります。朝ドラはとにかく量が多いので、『書き続けられる人』でなおかつ『物語を描くのが好きな人』ということが大事だと思っています」

確かに、これまで「名作」と言われる朝ドラのプロデューサーに話を聞くと、脚本家の性質について「締め切りに正確」「書くのが速い」「書きたいことがたくさんある」を挙げる人が多かった。また、『カムカムエヴリバディ』や『ちりとてちん』の藤本有紀、『カーネーション』の渡辺あや、『あまちゃん』の宮藤官九郎、『芋たこなんきん』の長川千佳子など、名作朝ドラを手掛けた脚本家は“書きたいこと”が明確に、かつ多岐にわたって潤沢にある人が多い印象だ。そうした作品は半年と言わず、なんなら1年以上でも書き続けられるように見えた。

画像提供/NHK総合
画像提供/NHK総合

人間の一貫性も多面性も描く、朝ドラの“脱ベタ”作品の美しさ

『らんまん』では、最初はいがみ合っていた男女が恋仲になっていくとか、主人公周りがみんな主人公の賛美者・親衛隊になってしまうというようなベタ展開もなければ、タキとの別れでも、病床の枕元にみんなが集まって泣くようなベタ演出もない。

寿恵子の妊娠においては、ダルさやしんどさに加え、食欲の謎(かるやきを所望し、藤丸の義姉が妊娠中に食べたがったことから揚げ芋が振る舞われる)などの変化まで生々しく描かれ、出産もいきみのアップのみでなく、万太郎からの手紙で子供の名前候補が届き続け、長屋の人々のサポートの只中に、万太郎が到着するというドラマが描かれた。

朝ドラでは昔から、ヒロインの「性」をあまり感じさせない描き方が多く、突然「ウッ」とつわりだけ描き、お腹も大きくならず、立ち方や歩き方などにも変化がないまま、突然出産シーンで、次の瞬間に生まれているような作品や、出産シーンがすっ飛ばされるような作品が多かった。

『らんまん』はそうした女性の妊娠・出産などをリアルに描く一方、主人公・万太郎のほうは子供の頃から全然変わらない。

植物を学びたくて、夜が明けるのも待ちきれない勢いで名教館に駆け出して行った姿、寝る時間も食事する時間も惜しんで没頭する姿、そこにブレが全くないから、視聴者は万太郎を幼少期から知る綾や竹雄と同じように「理解者」として、心配しながら苦笑しながら見守っている。

子供ができ、父になってもなお、人間と植物を対等に愛おしそうに語る万太郎の変わらなさにはむしろ安堵してしまうくらいだ。

その一方、周囲の人々は万太郎のエネルギーに触発されるように変化し、光を浴びたように成長していく。

見え方がどんどん変化していく筆頭が、万太郎に植物学教室への出入りを許可した田邊教授だ。植物が葉や花などの一部だけ見てもわからず、種から芽を出し、生長し、花を咲かせ、実をつけ、その全生涯を見て初めて本当の姿がわかるように、優しい顔から、冷酷な完璧主義者の顔、さらに焦りや激しい怒り、深い孤独の顔など、様々な顔が見えてくる。

週のサブタイトルと重ね合わせて、人間のブレない一貫性と共に、光と闇を持つ多面性が描かれる『らんまん』。15分の日々の積み重ねを、テンプレの「お約束」で埋めないことがいかに美しく、いかに心地良いものかは、長年の ‟朝ドラ好き”であればあるほど説明不要に実感されているはずだ。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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