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「えっ!まさかウチが相続でもめるなんて・・・」~親の相続を円満に終わらせる裏ワザ

竹内豊行政書士
親の相続を円満に終わらせる「裏ワザ」をご紹介します。(写真:イメージマート)

円満家族が親の相続で一転してしまうことは珍しくありません。そこで、相続を円満かつスピーディーに終わらせる「裏ワザ」をご紹介します。

遺言書を残す直前の死

ここ数年、山田一郎さん(仮名・50歳)の周りで、親の遺産分けがきっかけで家族仲が悪くなってしまった知り合いが何人か出てきました。

そこで、今年の正月に一郎さんは父・太郎さん(仮名・79歳)に「ウチの家族はまぁまぁ仲がいいから、お父さんの相続でもめることはないと思うけど、できれば遺言を残しておいてくれないかな」と頼んでいました。

最初は「まだ元気だし遺言なんて早いよ」と躊躇していた太郎さんでしたが、お盆で再会すると「オレももうすぐ80歳だし、誕生日までにみんなが納得する遺言を残してみるよ」と遺言を残す約束をしてくれました。

「やれやれ、これで一安心」と思っていた矢先でした。太郎さんは愛犬の散歩中に突然胸が苦しくなって路上に倒れ込んでしまいました。通りがかりの人が救急車を呼んでくれましたが、残念ながら帰らぬ人となってしまいました。

円満に相続の話し合いが済む

相続人は一郎さん・母親・妹の3人です。四十九日の法要で遺産分けについて3人で話し合った結果、不動産(母親が亡父と同居していたマンション)は母親が、金融資産は法定相続に則って(母親が2分の1、一郎さんと妹で4分の1ずつ)、その他の遺産はすべて母親が取得することで話し合いが付きました。

難航する相続手続

一郎さんが相続人を代表して相続手続を行うことになりました。忙しい仕事の合間に銀行に行くと、銀行から「まずは、お亡くなりになったお父様のお生まれになってからお亡くなりになるまでの一連の戸籍謄本と相続人の皆さまの戸籍謄本をご用意ください。用意出来ましたらご連絡ください」と言われてしまいました。親が亡くなったことが記載されている戸籍謄本を持参したのですが、これだけでは足らないようです。

また、役所に戸籍を郵送請求すると、「資料が足りません」「手数料が不足です」「申請書類に不備があります」など次々に連絡が入り思うように手続きが進みませんでした。しかも、届いた戸籍の中には旧字が混じっていたり、法的知識がないと読解できないものがあるなど読み解くのに苦労しました。

結局、7ヵ所の役所に請求してすべての戸籍がそろったのが、手配開始から2ヵ月後でした。

妹からの思わぬ言葉

すべての戸籍が集まって一息ついていたといに、妹から「お兄さんは大学在学中に海外留学までして、そのうえ大学院まで行かせてもらったのに、私は短大を出てすぐ就職したわ。教育費でお父さんから出してもらった金額にずいぶん差があるから、四十九日のときに決めた遺産分けに納得できません。やり直してちょうだい!」と言ってきて話し合いが決裂してしまいました。どうやら、妹は法律に詳しい夫から入れ知恵されたようです。

結局、父太郎さんが亡くなって1年が過ぎても遺産分けの話し合いが付かず、一郎さんはこれからどうしたらよいのか思案に暮れる毎日です。

さて、このように、相続手続が難航した上に、円満だった相続人間の関係が、時の経過とともに一転して紛争状態になってしまうことはめずらしくありません。

親が遺言を残してくれると、遺産分けの話し合い(遺産分割協議)をしないで遺産を承継できるので相続手続はかなり軽減されます。しかし、「親に遺言を残して欲しい」と願っても、実際のところ言い出すのもなんとなくはばかれるし、なんといっても親が自発的に残してくれなければどうしようもありません。

そこで、親の協力なしで、子ども単独で、しかも今すぐできる「親の相続」を楽に済ますための準備をお伝えします。

「親の相続」で子どもを待ち受ける「相続人調査」の壁

被相続人(亡くなった方)が遺言書を残さないで死亡した場合、遺産を引き継ぐためには、相続人全員(ただし、相続放棄をした者を除く)で、相続人のだれが、どの遺産を、どれだけ取得するかを話し合いで決めなければなりません。この話し合いのことを遺産分割協議といいます。

遺産分割協議を成立させるためには、相続人全員がその協議の内容に合意することが求められます。

遺産分割協議を始めるには、だれが相続人であるのかということ(相続人の範囲)と、相続財産には何がどれだけあってその財産的評価がいくらなのか(相続財産の範囲と評価)の2つを確定する必要があります。

この「相続人の範囲」と「相続財産の範囲と評価」の2つを「遺産分割の前提条件」といいます。そして、実際に親が亡くなったときに手間がかかるのが、この「遺産分割の前提条件」を確定することなのです。

したがって、親の生前に、「相続人の範囲」と「相続財産の範囲と評価」の2つをある程度把握しておけば、親の死亡後に直ちに遺産分割協議を開始して遺産の引継ぎを速やかに実現できるということです。そこで、今回は、親の生前でもできる「相続人の範囲の調べ方」についてご紹介します。

手間がかかる戸籍の収集

「相続人の範囲」は戸籍謄本を基に明らかにしなければなりません。具体的には、「被相続人が生まれてから死亡するまで」と「相続人全員」の戸籍謄本が必要になります。

戸籍謄本は「本籍地」の役所に請求します。1ヵ所ですべての戸籍謄本を取得できればよいのですが、通常そのようなことはなく、複数の役所にまたがります。しかも、戸籍謄本の内容を理解するのも容易ではないので、全ての戸籍謄本を集めるまでスムーズにいっても1か月程度かかります。だからこそ、事前に収集しておくと助かるのです。

親の生前に戸籍を集めておく

戸籍に記載されている者またはその配偶者・直系尊属(両親や祖父母)もしくは直系卑属(子や孫)は、その戸籍の謄本等の交付請求をすることができます(戸籍法10条)。

子どもは親の直系卑属なので、現時点での親の相続人(推定相続人)がだれなのかを調べるために親が出生してから現時点に至る戸籍謄本を、親から「委任状」をもらわなくても市区町村に請求して収集することができます。

ただし、戸籍謄本には身分関係(氏名・生年月日・親子や夫婦関係など)に関する個人情報が記載されているので、自分が戸籍謄本を請求できる権利があることを証明する必要があります。

具体的には、役所の戸籍係に運転免許証・パスポート・マイナンバーカード等の提示が必要になります(郵送請求の場合はコピーを添付する)。

また、請求の内容によってはその他の書類が求められることもあるので、事前に請求する市区町村に問い合わせた方がよいでしょう。

戸籍謄本に「有効期限」はない

戸籍謄本には有効期限はありません。したがって、現時点での親の相続関係に関する戸籍謄本を集めておけば、親が死亡した際は、「親が死亡したことが記載された戸籍謄本」(通常、死亡届を役所に届け出てから1週間程度で発行される)を加えれば、親の相続人の範囲をほとんどのケースで確定することができます。

以上のように、親の現時点での相続人の範囲を調べておくことで、親が死亡したときに、スピーディーに「相続人の範囲」を確定することができます。

「衝撃の事実」が判明することもある

親の戸籍をたどる過程で、親が離婚経験者で前婚の際に子どもをもうけていたり、認知している子がいるなど「見知らぬ人」が出てくるような衝撃の事実が判明することがあるかもしれません。

万一、「見知らぬ人」が出てきた場合は、その人も親の相続人になるのか確認しましょう。そして、相続人になる場合は、親が死亡すると「見知らぬ人」と親の遺産分けの話し合いをすることになります。そうなれば、遺産分割が難航すること必至です。

「見知らぬ相続人」の存在が判明した場合は、遺言を残してもらうなど親に善後策を講じてもらうことをお勧めします。

遺産分けは「血」と「金」が絡みます。そのため、ささいなことがきっかけで相続人の間で争う事態になる危険をはらんでいます。

実際に「親が亡くなったとき家族仲はよかったのに、遺産分けの手続きに手間取っているうちに不穏な空気になってきてしまった」という相談を度々受けます。だからこそ、スピーディーに済ますことが肝心なのです。

いつかは訪れる親の相続を円満に、なおかつ、楽に済ますために、親の生前に「相続人調査」をしてみてはいかがでしょうか。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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