闇に葬られた「遺言書」~遺言を書いても安心してはいけない。遺言書は「残した後」が肝心!
遺言書を残せば一安心とお考えの方は多いと思いますが、話はそう簡単ではありません。遺言書を残しても次のように自分の想いが実現しないこともあるのです。
父の突然の死
山田二郎さん(52歳)はひと月前に突然父太郎さん(享年85歳)を亡くしました。太郎さんは晩年一人暮らしだったので、二郎さんは毎日電話をして安否を確認していましたが、昨日は何度かけても太郎さんが電話に出なかったので不審に思い訪ねたところ、居間で倒れている太郎さんを発見したのです。死因は熱中症でした。
闇に葬られた遺言書
四十九日を無事済ませ、部屋の片づけに取り掛かったところ、5年前に亡くなった母の仏壇の引き出しから「遺言書」と書かれた封書を発見しました。亡父から遺言書を残したことを全く聞いていなかった二郎さんは驚いて封を開けてみました。するとなんと「私の遺産の全てを長男の一郎に相続させる。」と書かれているではありませんか。実は、二郎さんは20代の頃ギャンブルにのめり込み、約1千万の借金を負ってしまい、太郎さんに肩代わりしてもらったことがありました。
「ひょっとしたらそのことが原因でこの遺言書を残したのかもしれないな。それにしてもこの遺言書の存在が兄に知れてしまったら、遺産が入らなくなってしまうぞ」と思った二郎さんは、なんと遺言書をシュレッダーにかけてしまったのです。
実際は、二郎さんには遺留分があり、たとえ太郎さんが「全ての遺産を長男に相続させる」という遺言書を残しても、法定相続分の2分の1(相続人は子の一郎さんと二郎さんの二人)である4分の1を相続する権利があります。しかし、遺言がなければ法定相続を基に一郎さんと協議して遺産の引継ぎを決めることになるのですから、遺言の存在は二郎さんにとって不都合であることには変わりはありません。
遺言書を破棄すると相続権を剥奪される
二郎さんが行った亡父の遺言書を破棄した行為は、相続秩序を侵害する非行です。民法はこのような非行を行った者に対して、相続権を剥奪する制裁を設けています
民法891条(相続人の欠格事由)
次に掲げる者は、相続人となることができない。
一 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
二 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
三 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
四 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
遺言書は残した後が肝心
しかし、いくら相続権を剥奪されるといっても、二郎さんが遺言書を破棄したことは一郎さんも知らないので二郎さんが相続権を剥奪されることはまずありません。遺言の効力は遺言者(遺言書を残した人)が死亡したその時から効力が発生します。
民法985条(遺言の効力の発生時期)
1遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
2遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生ずる。
つまり、遺言の法的効力が発生する時点では、遺言者はこの世にいないのです。したがって、太郎さんは遺言書を一郎さんに委ねり法務局で遺言を保管する制度を利用するなでして、自分の死後に遺言の内容が実現するようにしておくべきだったのです。
遺言は残すことが目的ではありません。内容を実現することが目的です。そのためには残した後が肝心です。遺言を残す際には、このことをぜひお忘れなく!
この記事は、民法を基に作成したフィクションです。