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どうして!?遺言書があるのに預金が払戻せない

竹内豊行政書士
自筆証書遺言を執行するには家庭裁判所に「検認」を申立てなければなりません。(写真:イメージマート)

田中和男(仮名・72歳)さん・花子さん(仮名・69歳)ご夫妻には子どもがいません。夫婦で参加した行政書士が主催した遺言セミナーで、子どもがいない夫婦の相続は厄介になると聞いていたので、和男さんは「妻に全財産を相続させる。」、花子さんは「夫に全財産を相続させる。」と書いた遺言書をお互い交換しました。

遺言を残してから3年後、和男さんは不慮の事故で突然亡くなってしまいました。花子さんは悲しみに暮れる日々を過ごしていましたが、四九日の法要も無事に済ませたのを機会に夫の相続手続を行うことにしました。夫が残してくれたこの遺言書があれば簡単に預金を払い戻しできるはずです。

遺言書があるのに払戻しできない

そこで、早速この遺言書と夫の死亡が記載されている戸籍謄本(妻の欄に花子さんが記載されている)、自分の実印・印鑑登録証明書と身分証明書としてマイナンバーカードを持って銀行に行きました。

30分ほど待たされてやっと花子さんは呼ばれました。花子さんは、「死亡した夫の預金を私の口座に払戻してください。このとおり夫は『全財産を私(妻)に残す』という遺言書を残してくれました」と言って遺言書と用意してきた書類を行員に手渡しました。

すると行員は遺言書を見ながら「全文、日付、お名前を自筆で書かれていて印も押されていますので法的要件は整っているようです。では、検認済証明書もお見せいただけますか」と花子さんに告げました。

花子さんは初めて検認済証明書という言葉を聞いたので「『検認済証明書』とはなんですか?」と質問しました。すると行員は「自筆証書遺言は家庭裁判所で検認という手続を経ないと遺言の内容を実行(執行)できないのです。詳しくは家庭裁判所でお聞きいただけますでしょうか」と花子さんに言いました。結局この日は払戻し手続きは一切できませんでした。

立ちはだかる「検認」の壁

遺言書の保管者またはこれを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければなりません(民法1004条1項)。

検認とは,相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。ただし、遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。

「戸籍の束」が必要

検認をするためには、相続人がだれであるかを証明するための戸籍謄本を集めなければなりません。田中ご夫妻のように、夫婦間に子どもがいない場合、相続人は配偶者(夫または妻)と被相続人(死亡した者)の親になります。既に親が死亡している場合は被相続人の兄弟姉妹が相続人に入ってきます。さらに兄弟姉妹の中に死亡している者がいると、その者に子どもがいればその者(つまり被相続人の甥や姪)まで相続人になってしまうのです。具体的には次の戸籍謄本等が必要になります。

・被相続人の死亡が記載されている戸籍謄本

・被相続人の亡親の出生から死亡までの戸籍謄本

・兄弟姉妹の戸籍謄本

・死亡している兄弟姉妹に子どもがいる場合は、甥・姪の戸籍謄本

・相続人の住民票

以上を間違いなくそろえるのは大変な作業が伴います。このように、亡夫が自筆証書遺言を残してくれたのですが、自筆証書遺言の内容を実現するには検認という壁が待ち構えているのです。

公正証書遺言は検認が不要

公証役場で作成する公正証書遺言は、公証人が遺言書を作成し、なおかつ証人2名以上の立会いの下で作成します。このように厳重な体制の下で作成するので遺言書の偽造・変造の危険がありません。そのため、検認を経ないで遺言を執行できます(民法1004条2項)。また、自筆証書遺言でも、法務局に保管する制度(遺言保管制度)を利用すれば検認の必要はありません(遺言書保管法11条)。

このように、自筆証書遺言は遺言者が自書して押印さえすれば作成できますが、遺言者の死後に遺言を執行する前に検認という面倒な手続きをしなければなりません。一方、公正証書遺言は作成するときに手間と手数料がかかりますが、検認を経ないで直ちに執行できます。

さて、遺言は、遺言の執行、すなわち「遺言の内容を実現する」という観点に立って残すことをお勧めします。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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