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5億の遺産はだれの手に!? 可愛い孫か親不孝の次男か

竹内豊行政書士
遺言を残せば安心とは限りません。(写真:アフロ)

田中一郎さん(仮名)は現在80歳。田中さんには約5億円の資産があります。田中さんには5年前に妻に先立たれた後は、長男夫婦と同居して暮らしています。その長男(55歳)には一人娘の花さん(仮名・25歳)がいます。

長男夫婦は独り身になった田中さんを案じて一緒に旅行にいったり頻繁に食事に誘ったり何かと気を使ってくれました。また、一人暮らしをしている孫は帰省する度に田中さんの話し相手になってくれます。おかげで田中さんは充実した老後を過ごせています。

実は、田中さんにはもう一人子どもがいます。その子ども(次男)は、ギャンブルにのめり込み田中さんは幾度となく借金の尻拭いをしました。そして、「これが最後だ」と宣言して500万円を渡してから10年近く音信不通になっています。

遺言を残す

田中さんの知人でここ数年亡くなる方が出てきました。中には遺産争いで相続人がもめている家族もいます。

そこで、田中さんは遺言を残すことにしました。内容は、「全ての遺産を長男に相続させる」というものです。長男に財産を残せば、事実上長男の嫁や可愛い孫にも遺産を残すことになるし、お金を渡してから一度も連絡がない次男には「遺産を残すことなどあり得ない」と考えたからです。

「これで安心だ」田中さんは、そう呟いて、遺言に日付と署名をして、最後に印鑑を押し、妻の仏壇の引き出しに遺言をしまったのでした。

突然の悲劇

遺言を残してから半年後、長男が交通事故で死亡するという悲劇が訪れてしまいました。田中さんはすっかり意気消沈してしまい、長男を追うように長男の死から1年後、亡くなってしまいました。

遺言を発見

田中さんの四十九日の法要が終わり、孫の花さんが遺品整理をしていたところ、仏壇の引き出しの奥から便箋に書かれていた遺言書を見つけました。

内容は長男(=花さんの父親)に全財産を残すというものです。

花さんは「でも、パパ(=長男)は、おじいちゃんより先に死んじゃったから、そうなると、パパに代わって私がおじいちゃんの相続人(=代襲相続人)になるから、私におじいちゃんの全ての遺産がくることになるのね」と考えました。

しかし、田中さんには相続人として音信不通の二男もいます。果たして花さんの思惑のとおり全財産が代襲相続人である孫の花さんに引き継がれるのでしょうか。それとも、遺言の内容が無効となり、孫と二男の協議にゆだねられてしまうのでしょうか。

代襲相続か遺言は失効してしまうのか

このように、被相続人の子が、相続開始以前に死亡したときには、代襲相続が問題となります。遺言で「財産を残す」とされた相続人(=受益相続人)が、被相続人より先に死亡している場合には、代襲相続が行われるのか、それとも、この遺言が失効するのか、遺言者が死亡する前に受益相続人が死亡した場合については、民法上の明文の規定はないために問題になります。

最高裁判決~「特段の事情」がなければ孫には渡らない

実は、この問題に関しては最高裁(最高裁平成23年2月22日判決)が次のように判示しています。

「『相続させる』旨の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該『相続させる』旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が、〔略〕当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情がない限り、その効力を生じることはないと解するのが相当である」

 したがって、特段の事情がない限り、受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合、当該相続させる旨の条項は効力を生じない。つまり、同最判は、特段の事情がなければ同推定相続人の代襲者にはいかないと判示しました。

 それゆえ、このような場合、対象となっている相続財産は、遺言において別の定めがない限り、いったん法定相続人に法定相続分で承継され、次に遺産分割協議により、具体的に承継されることになります。

 つまり、田中さんが「長男に全財産を残す」とした財産は、長男の代襲相続人である孫(花さん)と音信不通の二男で遺産分割協議をしなければならないことになります。

「補充遺言」で万一に備える

このような事態を避けるために、遺言の作成に当たっては、受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、他の相続人や受遺者に相続させるないし遺贈する旨の条項を入れておくことがしばしば行われています。このような、万一の場合に備えて、遺言者があらかじめ、財産を相続させる者または受遺者を、予備的に定めておく遺言を、補充遺言(予備的遺言)といいます。

たとえば「妻が遺言者の死亡以前に死亡したときは、妻に相続させる財産は全て長男○○に相続させる。」といった条項です。

このような条項を入れておけば、受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合でも、補充遺言が有効になり、遺言者の意思を実現することができます。

遺言の目的は内容を実現すること

田中さんは長男に財産を残せば、長男一家が遺産を使うことができると考えて遺言を残しました。しかし、その長男が自分より先に死亡してしまいました。田中さんは、長男が死亡した後に、遺言書を書き直すか、または遺言書に「長男が自分より以前に死亡した場合は、孫の花に相続させる。」といった補充遺言を書いておくべきでした。

遺言の目的は、「残すこと」ではなく「内容を実現すること」です。ぜひ遺言を残すときは、遺言の目的を頭に置いて残すようにしてください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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