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「大規模災害」に備えた「遺言書」の必要性~「東日本大震災」を教訓にした「遺言書」の保管体制

竹内豊行政書士
(写真:アフロ)

遺言の内容が実現するのは、遺言を作成した人(「遺言者」といいます)が死亡したそのときです(民法985条1項)。

民法985条1項(遺言の効力の発生時期)

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。

したがって、遺言を作成してから、その遺言の内容が実現するまでは、一般に相当な日数がかかります。

その間、もし、自分で書いた遺言書(「自筆証書遺言」といいます)を紛失してしまったり汚損してしまったら、遺言の内容は実現できなくなります。

一方、公証役場で作成する公正証書遺言は、その原本(遺言者、公証人および証人が署名・押印した書面)は公証役場で厳重に保管されます。そのため、紛失や汚損の心配はまずありません。しかし、東日本大震災のような大規模災害には、いくら公証役場の金庫に厳重に保管されてあったとしても、遺失してしまう可能性は否定できません。

そこで、大規模災害などに対して、自筆証書遺言はどのような保管方法がよいのか、また公正証書遺言では大規模災害に対してどのような対策がとられているのか見てみることにしましょう。

公正証書遺言の保管体制~「原本の二重保存」の実施

従来、公正証書遺言の原本は遺言を作成した公証役場で厳重に保管されていました。

しかし、東日本大震災を教訓に、今後予想される大規模災害等の発生により遺言公正証書の原本・正本・謄本のいずれもが滅失する事態に備えて、公証役場での保管に加え、公正証書の原本を電磁的記録化して、これをその原本とは別に保管する、いわゆる「原本の二重保存」を実施しています。

二重保存は、平成25(2013)年7月1日から、東京公証人会、横浜公証人会、大阪公証人会及び名古屋市内の公証役場所属の各公証人において、そして、平成26(2014)年4月1日からは、全国の公証役場、公証人において、実施されています。

自筆証書遺言の保管方法~「遺言書保管法」の施行

従来、自筆証書遺言は自己管理で保管するしかありませんでした。そのため、紛失や汚損してしてまったり、遺言者が死亡した後に、遺言の内容を心よく思わない者などによって破棄されてしまうなどして、遺言の内容が実現しない危険がつきまとっていました。

「遺言書保管法」の施行

このような、自筆証書遺言の保管の弱点を補う「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(遺言書保管法)が令和2(2020)年7月10日に施行されました。

「遺言書保管法」における保管方法

遺言書保管法では、まず、遺言者が遺言書保管所(法務大臣の指定する法務局)に自筆証書遺言の保管を申請します。

遺言書保管所では、遺言書保管官(遺言書保管所に勤務する法務事務官のうちから、法務局または地方法務局の長が指定する者)が、遺言者の本人確認と提出された自筆証書遺言が形式的要件を満たしているか確認の上、問題がなければ、その遺言書を遺言書保管所の施設内で行います(遺言書保管法6条)。

なお、遺言書が秘匿性の高い個人情報であることから、堅固な施設内で、施錠可能な書棚等の設備で保管されることが想定されています。

遺言書保管法による自筆証書遺言の作成手順については、「潜入ルポ『遺言書保管法』~7月10日午前9時 日本一早く、法務局に『遺言書』の保管を申請してきた」をご覧ください。

遺言書の「情報管理」方法

遺言書保管所に保管された自筆証書遺言は、前述の原本の厳重な保管に加えて、磁気ディスクをもって調製する「遺言書保管ファイル」に、遺言書の画像情報(遺言書保管官がスキャナー等を用いて画像を情報化する)等が保管されます(遺言書保管法7条)。

このように、公正証書遺言の保管同様に、「原本の二重保存」が実施されています。

以上ご覧いただいたように、公正証書遺言と遺言書保管法を活用した自筆証書遺言においては、「原本の二重保存」によって、大規模災害による原本の紛失、汚損、毀損を回避し、その実現が確実に行われる体制を整えています。

遺言書は「作成して終わり」ではありません。遺言の内容が確実にされるには、遺言が実現する日、すなわち遺言者が死亡するまでに、「完全な形」で保存されていることが求められます。

これから遺言を作成することを検討されている方は、大規模災害も想定して、「保管体制」も考慮して作成することをお勧めします。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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