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「脱ハンコ」は「遺言書」に波及するか~キーワードは「慣行」にあり!

竹内豊行政書士
「脱ハンコ」の流れは「遺言」にもおよぶでしょうか。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

行政手続においては、「脱ハンコ」の流れが加速している状況ですが、自分で書いて残す自筆証書遺言においては、遺言者が、その全文、日付および氏名を自書し、これに印を押すことが必要です。また、法改正により「財産目録」を添付する場合には、その目録については自書する必要はなくなりましたが、その目録の各ページに署名し、印を押さなければなりません

民法968条(自筆証書遺言)

1.自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない

2.前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない

3.自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない

ハンコが必要な理由

自筆証書遺言に、押印が必要とされている趣旨は、「遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにある」とされています(最高裁判所平成元年2月16日判決)。したがって、現行民法では押印を欠く遺言は無効となります。

このように、押印は、氏名と同じように、遺言者が誰であるかということと遺言が遺言者自らの意思に沿ったものであることを明らかならしめるために要求されています。

「ハンコなし」でも有効とされた遺言

ハンコがなければ問答無用に無効とされてしまうのでしょうか。実は、押印がない遺言書の有効性をめぐって最高裁まで争われた裁判があります。

40年来日本に住み死亡の3年前に日本に帰化した白系ロシア人老女が、帰化後にすべてを英語で書いた遺言書を残しました。しかし、この遺言書には、サイン(署名)はあるものの押印を欠く遺言書でした。

そこで、原審大阪高裁は、署名・押印という慣行になじまない者には「印をする」という民法を適用すべき実質的根拠がなく、このような場合には上記慣行に従わないことにつき認めるべき理由があるかどうか、押印を欠くことにより遺言書の真正を危うくするおそれがないかどうかの点を検討した結果、「遺言を有効と認める場合もありうる」とし、欧文のサインは漢字の署名に比してはるかに偽造・変造が困難であるから押印を要求しなくても真正を危うくするおそれはないことを理由として、同遺言書を「有効」と判示しました。さらに最高裁も、「原審の判断は正当」であるとして上告を棄却しました(最高裁判所昭和49年12月24日判決)

「慣行」がキーワード

以上ご覧いただいてお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、遺言書に押印が求められる根拠の一つとして、重要な文書に押印することは、日本の「慣行」であるということが挙げられます。

したがって、今後「脱ハンコ」が「慣行」となれば、遺言書でも押印が不要と法改正される日がくるかもしれません。まずは、行政文書の「脱ハンコ」から、といったところでしょうか。

遺言の普及と「脱ハンコ」

相続の争いを避けるには遺言を残すことが大切です。そのために、遺言をより普及させるために、冒頭でご紹介したように、従来「全文自書」であった自筆証書遺言の要件を、「財産目録」に限り、自書でなくてもよいように法改正をして遺言の成立要件が緩和されました。

今後、「脱ハンコ」が慣行となれば、「遺言の普及」という観点からも遺言における「脱ハンコ」の議論が出てくることも予想されます。

ただし、現行法では遺言に押印は要件となっています。遺言を作成する際は、くれぐれもハンコはお忘れなく!

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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