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死亡の女児はなぜ「無戸籍」になってしまったのか~「無戸籍者」が生まれる原因と背景

竹内豊行政書士
マンションに16時間放置され死亡した生後約3か月の女児は「無戸籍児」でした。(写真:アフロ)

東京都台東区で生後約3か月の女児がマンション室内に約16時間放置され、その後病院で死亡が確認された事件について、一昨日次の記事が報道されました。

東京都台東区で生後約3か月の女児がマンション室内に約16時間放置された事件で、保護責任者遺棄容疑で逮捕された職業不詳の女(30)が「(女児を)自宅で出産し、出生届は出していない」と供述していることが捜査関係者への取材でわかった。警視庁浅草署は女児が無戸籍だったとみて確認を進めている。

浅草署幹部によると、女児は今月22日夕~23日朝に同区日本堤のマンション室内に放置され、病院で死亡が確認された。同署が詳しい死因を調べている。(以下省略)

引用:『死亡の女児は無戸籍か…室内放置の女「自宅で出産、出生届出してない」』(読売新聞 7月28日付)

さらにこの記事は、保護責任者遺棄容疑で逮捕された職業不詳の女(30)は、自宅で出産した女児の「出生届」を役所に届出せず、女児に名前を付け、母乳で育てていた。また、放置した理由は「生活のため仕事に出かけた」と供述していると伝えています。

そして、女児は「無戸籍者」となり、マンション室内に約16時間放置され死亡するという最悪の結果を迎えてしまったのです。

今回は、無戸籍者が生まれる原因と背景について考えてみたいと思います。

「出生届」のルール

死亡した女児は「出生届」が出されなかったということです。そこでまず、出生届について見てみましょう。子どもが生まれたら次のように出生届を届出なければなりません。

「だれ」が出す~届出義務者

次のように、場合に応じて届出義務者が異なります。

「嫡出子」の場合

嫡出子(婚姻関係の父・母の間に生まれた子)の場合、出生届は、父または母が届出なければなりません(戸籍法52条1項)。

子の出生前に父母が「離婚」をした場合

子が生まれる前に父母が離婚した場合は、母が届出なければなりません(同法52条1項)。

「嫡出でない子」(非嫡出子)の場合

非嫡出子(婚姻関係にない父・母の間に生まれた子)の出生届は、母が届出なければなりません(同法52条2項)。

父も母も届出ができない場合

父母が届けることができない場合は、次の順序にしたがって届出しなければなりません(同法52条3項)。

第1順位 同居者

第2順位 出産に立ち会った医師、助産師又はその他の者

父母、同居者、出産に立ち会った医師、助産師又はその他の者も届出ができない場合

その者以外の法定代理人(同法52条4項)。

戸籍法52条

1.嫡出子出生の届出は、父又は母がこれをし、子の出生前に父母が離婚をした場合には、母がこれをしなければならない。

2.嫡出でない子の出生の届出は、母がこれをしなければならない。

3.前二項の規定によつて届出をすべき者が届出をすることができない場合には、左の者は、その順序に従つて、届出をしなければならない。

第1 同居者

第2 出産に立ち会つた医師、助産師又はその他の者

4.第1項又は第2項の規定によつて届出をすべき者が届出をすることができない場合には、その者以外の法定代理人も、届出をすることができる。

このように、戸籍法はあらゆる状況においても出生した子の出生届が確実に届出られるようにしています。

「いつまで」に出す~提出時期

日本で生まれた場合と外国で生まれた場合で届出の時期が異なります。また、届出をしないと過料が科せられます。

日本「国内」で生まれた場合

出生の日から14日以内に届けなければなりません(戸籍法49条)。

「国外」で生まれた場合

国外で出生したときは3か月以内に届けなければなりません(戸籍法49条)。

戸籍法49条

出生の届出は、14日以内(国外で出生があつたときは、3箇月以内)にこれをしなければならない。

届出が遅れてしまった場合

届出が遅れてしまった場合は、届出が遅れた期間・理由等を記載した「戸籍届出期間経過通知書」に遅れた理由等を記入します。そして、受理した市区町村が簡易裁判所へその届出書を送付します。それをもとに簡易裁判所で過料を科すかどうかを判断します。

「どこ」に出す~提出先

子の出生地・本籍地または届出人の所在地の市役所、区役所または町村役場に届け出ます(戸籍法25条1項・51条1項)。

戸籍法25条1項

届出は、届出事件の本人の本籍地又は届出人の所在地でこれをしなければならない。

戸籍法51条1項

出生の届出は、出生地でこれをすることができる。

電車の中で生まれたら

ちなみに、電車の中で子どもが生まれた場合は、母が電車から下車した地で出生届を届け出ることができます。

戸籍法51条2項

汽車その他の交通機関(船舶を除く。以下同じ。)の中で出生があつたときは母がその交通機関から降りた地で、航海日誌を備えない船舶の中で出生があつたときはその船舶が最初に入港した地で、出生の届出をすることができる。

届出義務者が届出を怠ったとき

市区町村長は、父母などの出生届を届出るべき人(=届出義務者)が、出生届を届出ていないことを知ったときは、遅滞なく簡易裁判所に通知しなければなりません(戸籍法施行規則65条)。

戸籍法施行規則65条

市町村長が、届出、申請又はその追完を怠つた者があることを知つたときは、遅滞なく、届出事件を具して、管轄簡易裁判所にその旨を通知しなければならない。

届出をしないと

正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、5万円以下の過料に処せられます(戸籍法135条)。

戸籍法135条

正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、5万円以下の過料に処する。

以上のような法規があるにもかかわらず、出生届が届出られないと、その子は「無戸籍者」(日本人の親のもとに生まれながらも、何らかの事情で出生届が出されず、「戸籍」に登録されない者)となってしまいます。

無戸籍者が生まれる背景

では、なぜ無戸籍者が生まれてしまうのでしょうか。その背景はいくつかありますが、次の2つが多いと考えられます。

「民法772条」が壁となるケース

民法772条の嫡出推定の規定により、前夫を子の父とすることを避けんがために、出生届を出さない・出せない状態になってしまうケース。

民法772条(嫡出の推定)

1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

ネグレクト・虐待」が疑われるケース

親が子どもを出産しても出生届を出すことまで意識が至らないか意図的に登録を避けるケース。親の住居が定まらなかったり、貧困他の事情を抱えている場合が多い。自宅出産で援助者もなく、養育環境も整っていないことから日常的に児童虐待が行われていることもある。

無戸籍者になると~無戸籍者が被る不利益

以上見てきたとおり、出生届がされなければ、「無戸籍者」となってしまいます。

戸籍とは、人が、いつ誰の子として生まれて、いつ誰と結婚し、いつ亡くなったかなどの親族的身分関係を登録し,その人が日本人であることを証明する唯一のものです。

したがって、無戸籍者になると、母父が誰であるかといった親族的身分関係やその子が日本人であることを戸籍で証明できない、行政上のサービスを十分受けられない等、社会生活上の不利益を被ってしまいます。

無戸籍でお困りの方の相談窓口

国の法務局・地方法務局及びその支局又は市区町村の戸籍窓口では、無戸籍解消のための相談を受け付けています。詳しくは、法務省ホームページ「無戸籍でお困りの方へ」をご覧ください。

2004年、無戸籍児を主人公にした映画に、是枝裕和監督の『誰も知らない』(カンヌ映画祭他受賞)があります。この映画では、無戸籍児になってしまった子どもが、行政、学校そして近所の目にすら入らない、まさに「誰も知らない」過酷な状況下で生きていかなくてはならい姿が描かれています。実は、この映画は、1988年に発覚した「巣鴨子ども置き去り事件」がもとになっています。この事件では、親に見放されてしまった2歳から14歳の兄弟姉妹がいずれも出生届が出されていない無戸籍児でした。

冒頭にご紹介した事件は、今後捜査が進み、全容が明らかになってくると思いますが、現時点ではネグレクトが原因で無戸籍児が生まれてしまったと推測されます。

無戸籍者が生まれる直接的な原因は、「届出義務者が子の出生届を出さなかった」という手続き上の問題です。では、「届け出ればいいではないか」という単純な問題ではありません。市民が、無戸籍者が生まれる背景に関心を持ち、そして社会がその背景をできるだけ排除していく流れにならない限り、この問題の抜本的解決には至らないのではないでしょうか。

参考文献:『日本の無戸籍者』(井戸まさえ著・岩波新書)

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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