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カルビーが「単身赴任」を廃止~民法の「夫婦の同居義務」の視点で考えてみる

竹内豊行政書士
カルビーの単身赴任廃止を民法の視点で解説します。(写真:アフロ)

昨日のニュースで、カルビーが、来月からテレワークを無期限で延長し、単身赴任も廃止することが報道されました。

 コロナをきっかけに変わる働き方。カルビーは、来月からテレワークを無期限で延長し、単身赴任もなくします。

 カルビーは来月以降、オフィスで働くおよそ800人の働き方を原則として、「出社勤務」から「テレワーク」に変更します。これに伴い、業務に支障がないと認められた場合は、単身赴任をやめて家族と同居できるようになるということです。また、通勤の定期代の支給をやめて、出社する場合は交通費を実費で支給します。

 社員のアンケートで「コロナ感染症の拡大前の働き方を変えたい」と答えた人が回答者の6割に上るなど、社員の意識が変化したということです。(25日18:06)

出典:カルビー、無期限テレワーク 単身赴任やめ家族と同居OK

このカルビーの「単身赴任を廃止」の試みは今後注目されると思います。そこで今回は、「単身赴任」について民法の観点から深掘りしてみたいと思います。

結婚をすると「同居」義務が発生する

結婚をした夫婦は、民法上、互いに「同居」義務が発生します(民法752条)

民法752条(同居、協力及び扶助の義務)

夫婦は同居し、お互いに協力し扶助しなければならない。

この「同居義務」は、「協力」「扶助」義務と合わせて、婚姻共同生活を維持する基本的な義務とされています。

民法が想定する「同居」とは

同居義務は、結婚の成立、つまり役所に婚姻届を届出た時から発生し、結婚の解消まで存続します。この同居とは、「夫婦としての同居」であって、単なる場所的な意味ではありません。同じ屋根の下でも、たとえば障壁を設けて生活を別にするのは民法が想定している同居とはいえません。

「単身赴任」の社命は「人事権の乱用」にあたるか

では、会社からの配転命令により単身赴任を余儀なくされたら、「人事権の乱用」として、民法の同居義務を盾に拒否できるでしょうか。

判例は、個々の労働契約の解釈によって使用者の配転命令権の存否や範囲を判断したうえで、個々の配転命令が権利濫用(人事権乱用)にあたるかどうかを判断しています。

その際には、配転に関する「業務上の必要性」と「配転によって労働者が被る不利益」が比較衡量されることになります。そのうえで、配転命令が「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせているものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは」権利の乱用にあたらないと判示しています(最高裁判所昭和61年7月14日)。

「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」とは

では、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」とは具体的にどのようなことが該当するでしょうか。

現状では、本人や家族の病気で転勤が困難であるような事案になると、労働者に対し、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を負わせるものと評価され、人事権乱用が認められています。

一方、単身赴任を強いられるというだけでは、労働者が通常甘受すべき程度の不利益にとどまると評価されており、本条の同居義務が、配転命令を拒絶する根拠とまではされていません。

カルビーの「単身赴任の廃止」は民法の観点からも望ましい姿

もちろん、夫婦の具体的事情や考えは千差万別です。夫婦の事情等に因って、お互い話し合った上で同居する・しないを決めても構いません。

つまり、民法752条は、夫婦はその性格上同居することを原則とする。しかし、同居するかどうかは、夫婦間の協議で決めることができる。そして、「お互いに同居する」と合意した場合は、「正当な理由」がない限り同居の義務を負うと考えるべきでしょう。正当な理由とは、たとえば前掲の転勤等の職業上の理由、病気による入院等による一時的な別居が挙げられます。

しかし、同居を望む夫婦が、社命によってやむを得ず「別居」となるのは、心情的に忍びないですし、民法の観点からも好ましい状況とは決していえないでしょう。

カルビーは、2030年に向けてカルビーグループ長期ビジョン「Next Calbee 掘りだそう、自然の力。食の未来をつくりだす。」を策定しています。

今回のカルビーの単身赴任の廃止は、「人事制度の未来をつくりだす」とともに、民法が掲げる「同居、協力及び扶助の義務」の実現につながる制度といえます。民法の観点からも今回のカルビーの人事制度は注目です。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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