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紀州のドン・ファン親族「遺言は無効」と提訴~公開!遺言を「紙爆弾」にしないための「プロの技」

竹内豊行政書士
「遺言」を「紙爆弾」にしないための「技」を公開します。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

多くの方は「遺言書を残せば相続でもめない」とお考えだと思います。しかし、遺言が「紙爆弾」と化して紛争の元凶になることがあります。

「紀州のドン・ファン」こと故野崎幸助さんをご存知の方は大勢いらっしゃると思います。その野崎さんが残した遺言書をめぐり親族が遺言の無効確認を求めて地裁に提訴したことが先月27日に報じられました。

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家で、2018年5月に急性覚醒剤中毒で死亡した和歌山県田辺市の酒類販売会社元社長野崎幸助さん=当時(77)=の兄(86)ら親族4人が「全財産を市に寄付する」とした遺言書の無効確認を求め、遺言執行者の弁護士を相手取り和歌山地裁に提訴したことが27日、分かった。

出典:財産寄付の遺言は無効と提訴 紀州のドン・ファン親族

 

この記事には、「遺言の種類」が特定されていませんが、他の報道機関によると自分で書いて残す「自筆証書遺言」だったようです。

「簡単」に残せるが「危険」もある

自筆証書遺言を残す方式は、その全文、日付および氏名を自書し、これに印を押しさえすれば成立します(民法968条1項)

民法968条1項(自筆証書遺言)

自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

このように「方式」はいたって簡単です。一方、簡単に残すことができることが災いとなって、遺言者の死後に「紙爆弾」となって紛争の元凶になってしまうことがあるのです。

そこで今回は、遺言書を 「紙爆弾」としないための「プロの技」をご紹介したいと思います。

「真贋をめぐる争い」を回避する技

自筆証書遺言は1人、つまり密室で作成できます。したがって「そもそも本人が書いたものなのか」という遺言の真贋をめぐる争いが起きることは否定できません。

そこで、遺言の真贋の争いを回避するためには、「本人が書いた」という信ぴょう性を高める工夫が求められます。

「実印」で押印する

自筆証書遺言には、「印」を押さなければなりません。そして、法は印の種類を定めていません。そこで、印は市区町村役場に「印鑑登録証明書」に登録している「実印」で押印することをお勧めします。

「戸籍のとおり」に氏名を書く

遺言書に書く氏名は、「戸籍謄本に記載されているとおり」に書きます。例えば、戸籍謄本に「渡邉」と記載されている場合は、「渡辺」としないで、「渡邉」と書きます。名前も同様に戸籍謄本のとおりに書きます。

その他、「住所」「生年月日」を書くのもよいでしょう。

「遺言能力」をめぐる争いを回避する技

遺言をするには、一定の判断能力が不可欠となります。この「一定の判断能力」のことを「遺言能力」といいます。

遺言能力は、「遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識(物事の本質をはっきりと見極めること)しうるに足る意思能力(理性的に判断して、意思決定をする能力)」とされています。

民法は、15歳以上になれば遺言能力があるものと定め(民法961条)、遺言能力は遺言作成時に備わっていなければならないとしました(民法963条)

民法961条(遺言能力)

15歳に達した者は、遺言をすることができる。

民法963条(遺言能力)

遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

「能力に見合った内容」を書く

15歳以上でも、意思能力がない場合は、「遺言能力はない」と判断され、たとえ形式的に法的要件を満たした遺言書を残しても、その遺言は無効となってしまいます。

したがって、認知症等で遺言能力が欠けてしまった場合は、たとえ法に則った方式で残しても無効となってしまいます。

問題は、やや欠けている状態で残す場合です。この場合は、複雑な内容を残すと「このような複雑な内容を残すことはできなかったはずだ」となって争いになる危険性があります。したがって、「妻にすべての財産を残す」といったような簡易な内容にした方がよいでしょう。ただし、遺言能力に何ら問題がないときに残すのがベストであることは言うまでもありません。

思いを確実に叶える技~「万一」に備えて「予備的遺言」を記す

遺言書に「長男にすべての財産を相続させる」と記した場合、その長男が遺言者より先に死亡してしまった場合、「すべての財産」はだれが相続するでしょうか。もし、亡き長男に子ども(=遺言者の孫)がいれば、その孫が「すべての財産」を相続するのでしょうか。

この場合、判例は、「特段の事情がない限り『すべての財産』は遺産分割の対象となる」としています。つまり、「すべての財産」は代襲相続人である亡長男の子を含めた相続人全員による協議によって承継されることになるのです。

したがって、大切な財産には、自分より先に受遺者が亡くなることを想定した一文(この文書を「予備的遺言」といいます)を残しておくことをお勧めします。文例をご紹介しますので参考にしてください。

すべての財産を長男の山田太郎に相続させる。山田太郎が遺言者より先に死亡した場合は、すべての財産を山田太郎の長男の山田一郎に相続させる。

遺言は遺言者が死亡したときから効力が生じます(民法985条1項)

民法985条1項(遺言の効力の発生時期)

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。

つまり、遺言に疑義が生じてしまっても自分で説明することはもはやできません。表現が適切ではないかもしれませんが、「死人に口なし」なのです。

遺言を残す場合は、今回ご紹介した「技」を参考に、自分の意思を死後に確実に叶える遺言書をぜひ残すようにしてください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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