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石田純一さんの「遺言」は実現するのか

竹内豊行政書士
新型コロナウイルス感染症で緊急入院した石田純一さんが「遺言」を残したそうです。(写真:アフロ)

新型コロナウイルス感染症に罹患して緊急入院した石田純一さんが、当時を振り返ったインタビューで次のように答えています。

当時について「一時は死をも覚悟するほどだった」と振り返った石田。そんな彼が真っ先に考えたのは、残される家族のこと。実は緊迫する病室で、石田は長男・理汰郎(7)への“遺言”を用意していたというのだ。

「僕が今までの人生で考えてきたことを、書き残しておくことにしたんです。子どもたちはスマホを持っていないので、妻にメールをしました。

息子には『偉くなるとか、お金をいっぱい稼ぐだけが人生じゃない。努力して新しい自分を獲得すること。これが本当に大切なことなんだよ』と。あまり時間がなかったのですが、4歳と2歳の娘たちにも『楽しく過ごしてほしい』みたいなことを書きました。 これまで、悔いなく生きてきたと思っていました。でもこういう状況になってみて、やり残したことがいろいろ思い浮かぶんですよね。あの子たちにほんのちょっとでもいいから、何か言葉を残したい。そう思いました」

出典:石田純一 病室で綴った長男への遺言「お金だけが人生じゃない」

一時は死をも覚悟するほど病状が急激に悪化した石田さんは、ご長男に「遺言」を用意したというのです。

果たして、石田さんが残した「遺言」は実現するでしょうか。そこで今回は、遺言のルールについて見てみたいと思います。

「遺言」とは

遺言は人の最終の意思表示について、その者の死後に効力を生じさせる制度です(民法985条1項)

民法985条1項(遺言の効力の発生時期)

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。

そのため、遺言が法的に有効に成立するためには、民法で規定する条件をクリアする必要があります。

遺言できる事項~遺言できる事項は「限定」されている

民法では、遺言できる事項を限定しています。民法で規定している事項を「遺言事項」といいます。主な遺言事項は次のとおりです。

・相続分の指定(民法902条)

・遺言執行者の指定(民法1006条1項)

・遺言認知(民法781条2項)

・祭祀主宰者の指定(民法897条)

石田さんがご長男に書き残した内容は、『偉くなるとか、お金をいっぱい稼ぐだけが人生じゃない。努力して新しい自分を獲得すること。これが本当に大切なことなんだよ』というように、「人生の教訓」「長男へのメッセージ」と考えられます。このような内容は遺言事項にはありません。したがって、民法上の遺言ではありません。

遺言の方式~遺言の方式は厳格に定められている

また、民法は遺言の方式を厳格に定めています。たとえば、自分で書く「自筆証書遺言」の方式は次のとおりです(民法968条)

民法968条(自筆証書遺言)

1.自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

2.前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第917条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。

3.自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

このように、自筆証書遺言を残すには、遺言者(=遺言を残す人)が、その全文、日付および氏名を自書し、これに印を押すことが求められます(民法968条1項)

なお、改正相続法によって、従来は「全文自書」であったのを、自筆証書遺言に添付する「財産目録」については自書でなくてもよいものとして、方式を緩和しました(ただし、財産目録の各頁に署名押印することを要する)(民法968条2項)

石田さんは、妻の理子さんに文書を「メール」をしたとのことですが、「メール」は遺言の方式には該当しません

このように、民法は「遺言事項」を限定し、「遺言の方式」を厳格に定めています。おそらく、石田さん(もしくは記者の方)は、「死を覚悟した状況下での言葉」ということで「遺言」という言葉を使用したと思われます。

なお、石田さんがメールをした「長男へのメッセージ」のような遺言事項以外のこと、たとえば、「葬儀の方法」「家族間の介護の方法」「家訓」などを「付言」として遺言に記す場合があります。ただし、それらは法的な効力はありません。「付言」に記された内容を実行するか否かはあくまでも相続人の自発性にゆだねられます

法的に不備な遺言を残してしまうと、その遺言が元凶となり相続が紛糾してしまうことも実際あります。遺言を残す場合は、民法で定められたルールに則って作成しましょう。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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