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妻はなぜ夫亡き後に「死後離婚」を選択するのか。

竹内豊行政書士
死後離婚をする理由とその手続方法をみてみます。(写真:アフロ)

夫が死亡した後に、「姻族関係終了届」を提出する妻が増えています。この「姻族関係終了届」は、「死後離婚」と呼ばれることもあります。では、なぜ姻族関係終了届を提出する妻が増えているのでしょうか。今回は、その理由と、実際に届け出る方法をみてみたいと思います。

夫が死亡しても「姻族関係」は終了しない

夫と離婚をすると姻族関係は終了します(民法728条1項)。

民法728条1項(離婚等による姻族関係の終了)

姻族関係は、離婚によって終了する。

一方、夫が死亡しても、姻族関係は当然には終了しません。もし、妻が姻族関係を終了したい場合には、姻族関係終了の意思表示をすることが必要です。具体的には、戸籍係へ「姻族関係終了届」を提出することになります(民法728条2項・戸籍法96条)。

この届出は、俗に「死後離婚」といわれ、夫の死亡後に、夫との嫁・姑などの「家」との関係を断ち切りたい妻が多く利用しているようです。

民法728条2項(離婚等による姻族関係の終了)

夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項(民法728条1項:姻族関係は、離婚によって終了する。)と同様とする。

戸籍法96条(生存配偶者の姻族関係の終了)

民法第728条第2項の規定によつて姻族関係を終了させる意思を表示しようとする者は、死亡した配偶者の氏名、本籍及び死亡の年月日を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。

「姻族」とは

では、そもそも姻族とはどのようなものなのでしょうか。民法は、「6親等内の血族」、「配偶者」および「3親等内の姻族」を「親族」としています(民法725条)。

民法725条(親族の範囲)

次に掲げる者は、親族とする。

一 六親等内の血族

二 配偶者

三  三親等内の姻族

「血族」とは、血統のつながった者をいいます。

これに対して「姻族」とは、配偶者(夫または妻)の血族のことをいいます。

たとえば、配偶者の父母・兄弟姉妹・甥姪は姻族になります。

姻族関係終了届を届出することによって、亡くなった配偶者の血族と縁を切る(親族関係を終了させる)効果が発生します。では、なぜ縁を切るのでしょうか。その理由を探ってみましょう。

姻族関係終了届の「法的効果」~姻族の扶養義務をしなくてすむ

法的効果としては、姻族の扶養義務を回避できることが挙げられます。

嫁と亡夫の親(舅・姑)の関係(姻族1親等となる)については、原則として扶養義務を負いません。ただし、特別な事情がある場合のみ家庭裁判所が義務を負わせることができるとされています(民法877条2項)。

民法877条(扶養義務者)

1.直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。

2.家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。

3.前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

そこで、もし家庭裁判所によって、たとえば嫁が亡夫の父母(舅・姑)の扶養義務を負わされたとしても、姻族関係終了届を届出すれば姻族関係を終了させることができるので扶養義務はその前提を欠き消滅します。その意味では、姻族関係終了届は大きな意味を持つといえます。

しかし、姻族の扶養義務が課せられることは、まずほとんどないと言ってよいでしょう。では、なぜ姻族関係終了届をする動機の一つとして、核家族化の進行や個人の意識の変化等に伴う、戦前の「家制度」の意識の低下が挙げられます。

姻族関係終了届の方法

方法は簡単です。本籍地または所在地の市区町村に提出すれば足ります。なお、関係を切りたい相手側の許可は不要です。

届出に必要な書類等は、次のとおりです(届出をする市区町村役場に事前に確認してから届出をすることをお勧めします)。

・戸籍全部事項証明書(除籍全部事項証明書):死亡した配偶者の死亡事項が記載されているもの

・現在の届出人の戸籍全部事項証明書:届出先に本籍がないとき

・印 鑑:届出人のもの

「姻族関係終了届」と「復氏」は別物

姻族関係終了届を提出すると、自動的に、旧姓(=婚姻前の氏)に戻ると思っている方がいますが、姻族関係終了届を提出しただけでは、氏や戸籍の変動はありません。婚姻前の氏にもどしたい場合は、別途戸籍上の届出(生存配偶者の「復氏の届出」)が必要です(民法751条1項・戸籍法95条)。

民法751条1項(生存配偶者の復氏等)

夫婦の一方が死亡したときは、生存配偶者は、婚姻前の氏に復することができる。

戸籍法95条(生存配偶者の復氏の届出)

民法第751条第1項の規定によつて婚姻前の氏に復しようとする者は、その旨を届け出なければならない。

以上ご覧いただいたとおり、死後離婚とは、正しくは姻族関係終了届のことを指します。その法的効果は、亡き配偶者との姻族関係を終了させることにあります。

実際に、夫亡き後に姻族関係が継続していても法的不利益はまずありません。しかし、「結婚は家同士がするもの」といった家制度の考えの衰退や、配偶者が亡くなった後に姻族との間の過去の行いや相続での争いなどをきっかけに「姻族と関係を断ちたい!」という強い意思が届出をさせると推測されます。姻族関係終了届は、法的効果を求めるというよりも、心理的効果を求めることが動機となって提出されているようです。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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