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遺言書の落し穴~子どもが先に死んだらどうなる

竹内豊行政書士
遺言で遺産を残すとした子が先に亡くなったら、その遺産はだれが引継ぐのでしょうか。(写真:アフロ)

厚生労働省が2018年7月20日に公表した簡易生命表によると、2017年の日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性は87.26歳で過去最高を更新したことがわかりました。国際比較で見ると、日本女性の世界ランキングは香港(87.66歳)に続いて第2位、男性は香港(81.70歳)、スイス(81.5歳)に続いて第3位です。

実は、超高齢社会は、遺言書をめぐるトラブルの原因になることがあります。

財産を残すはずの長男が先に死亡

たとえば、遺言で「自宅の土地と建物を長男に相続させる」という内容の遺言書を残した場合、その長男が遺言者の親より先に亡くなってしまったら、その不動産はだれが相続するのでしょうか。

代襲相続とは

被相続人(=相続される人)の死亡以前に、相続人となるべき子や兄弟姉妹が死亡してしまったり、相続欠格(親を殺害したり親の遺言書を偽造するなど、相続秩序を侵害する非行をした相続人の相続権を法律上当然にはく奪する制度、民法891条)や相続廃除(親を虐待もしくは重大な侮辱または著しい非行がある場合に、家庭裁判所にその者の相続権をはく奪する請求を行う制度、民法892条)を理由に相続権を失ったときに、その者の子がその者に代わって、その者の受けるべき相続分を相続します。この制度を代襲相続といいます。

これは、親である相続人を通じて相続利益を受ける子の利益を保障するために設けられたものです。その他、代襲相続には、相続人間の公平や、相続に対する期待の保護としての意義もあります。また、親が若くして死亡している場合などには生活保障的要素もあります。

なお、相続放棄が行われた場合は、代襲相続は発生しません。

代襲相続人(長男の子ども)は相続できるか

長男に子どもがいれば、死亡した長男に代わり長男の子(=被相続人の孫)が代襲相続人となります。そうなれば、長男が親の遺言によって相続するはずだった不動産を、長男の子である孫が相続できそうです。

しかし、最高裁判所は、次のように受益相続人(=遺言によって遺産を引き継ぐ相続人)が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、特段の事情がない限り遺言の効力は生じないとしました。

遺言者は推定相続人との関係においては、身分関係、生活関係、現在および将来の生活状況および資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産についてのかかわり合いの有無など諸般の事情を考慮して遺言をするものである。

通常、遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解されるから、受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないと解するのが相当である。

したがって、受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合、特段の事情がない限り代襲相続することはなく、民法994条(受遺者の死亡による遺贈の失効)に基づき遺言は失効する(最判平23[2011]・2・22民集65巻2号699頁)。

したがって、長男に相続するとした不動産は、遺産分割の対象となってしまいます。この結果、この不動産は、相続人全員で協議を行い、その合意した内容で引き継ぐことになります。

遺言に逆縁対策を施す

親より先に子どもが亡くなってしまうことを逆縁といいます。超高齢社会においては、残念ですが逆縁もめずらしくありません。したがって、遺言を万全なものにするには、遺言に逆縁対策を施しておくことが必要となります。

予備的遺言を活用する

もし、冒頭の遺言に、「万一、長男が自分(=遺言者)より先に死亡してしまったら、そのときは、長男の長男(=孫)に相続させる」という内容の文書が続いていれば、長男が先に死亡してしまっても、孫に遺産を引き継がせることができます。このように、万一に備えた遺言のことを予備的遺言といいます。

遺言の効力は、遺言者が死亡の時からその効力が発生します(民法985条1項)。そのため、遺言を残してから遺言が効力を発生するまで、つまり、遺言者が死亡するまでは一般的にある程度の期間があります。その間、逆縁が起きてしまうことも否定できません。

たとえば、冒頭の遺言の場合、逆縁が起きてしまったら、代襲相続人の長男の子どもは「父が相続するはずだった不動産は自分が父に代わって当然相続する」と思うでしょう。一方、他の相続人は、「その不動産は、受け取るはずの者がすでに死亡しているので、相続人全員の話し合い(=協議)で決める」と主張するでしょう。このように、逆縁が起きてしまうと、もめる危険が高くなってしまいます

せっかく残した遺言書がもめごとの種にならないように、遺言書には、重要な財産にだけでも予備的遺言を残すようにしましょう

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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