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ドン・ファン騒動のよくある誤解~「法定相続分はもらって当然」なのか?

竹内豊行政書士
「法定相続分」はもらって当然なのでしょうか?(ペイレスイメージズ/アフロ)

「紀州のドン・ファン」こと故野崎幸助氏をめぐる記事が連日掲載されています。

 その中で、野崎さんが遺言を残されなかったという前提で、遺産に関する次のような記事をよく見かけます。

2人の元妻との間に子どもはいないため、法定相続に従い、妻のAさんに50億円の4分の3が入り、残り4分の1は兄弟姉妹6人に分けられることになる。

つまり、妻は法定相続分にしたがい遺産の4分の3を、兄弟姉妹は4分の1(1人当たり24分の1を得ることが当然できるというのです。

巷で言われているとおり、遺産が50億とすると、妻は37憶5000万円を、兄弟姉妹は12億5000万円(1人当たり約2憶800万円)の遺産を得ることになります。

法定相続分の意義

実は、法定相続分は一応の割合にしかすぎません。

相続財産は次の2段階を経て算出されます。

まず、亡くなった人(被相続人)から相続人が生前に贈与を受けていたり遺言による贈与(遺贈)を受けていたり、相続人が被相続人の財産形成に多大な寄与をしていた場合には、こうした事情を考慮しながら,「具体的な相続分」を算出します。

そして、「具体的な相続分」を基礎に協議(遺産分割協議)を行い、その結果に基づいて、最終的に相続人個人の相続財産が確定します。

現段階では、野崎さんの相続財産は法定相続分による割合で相続人間の共有となっています(民法898・899条)。

(共同相続の効力)

898条 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

899条 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。

つまり、相続人が遺産を実際に取得するには「遺産分割協議」を成立せる必要があるのです。

遺産を得るには相続人全員の合意が必要

Aさんは妻として4分の3の法定相続分を確かに有します。しかし、実際に遺産を得るには他の相続人である被相続人の兄弟姉妹との協議(遺産分割協議)で、「誰が何をどれだけ」取得するか具体的に決めて、その内容を「遺産分割協議書」に記して全員が署名して実印で押印しないと事実上遺産を取得できません。

なお、「法律行為自由の原則」に基づき、相続人全員の合意があれば、法定相続分や被相続人が残した遺言に反する遺産分けも有効です。

遺産分割協議の成立要件~多数決では決められない

遺産分割協議を成立させうるには、相続人全員が協議に参加して、全員が合意することが求められます(全員参加・全員合意の鉄則)。

1人でも合意しない者がいると協議は成立しません。その場合は、各相続人は遺産を得ることができません。

たとえば、相続人が10人いる場合、9人が賛成しても1人が反対すれば協議は成立しないのです。

遺産分割協議が成立しないと、遺産の不動産登記や金融機関の遺産の払戻しは事実上できません。

共同相続人間で協議が整わないとき又は協議をすることができないときは,各共同相続人は家庭裁判所に対し遺産分割の調停又は審判の申立てをすることができます(民法898条,907条1項,2項)。

907条 (遺産の分割の協議又は審判等)

1.共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。

2.遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。

最後は思いやり

このように、「法定相続分のとおり遺産をもらって当然」という考えは誤りです。

相続の相談を受けていると、このような考えをされている方が結構いらっしゃいます。

そうなると、まとまる話もまとまらなくなります。気を付けましょう。

では、遺産分けの話合いは何を基準にして行えばよいのでしょうか。

民法は、「相続人同士、お互いの事情を考慮して決めなさい」としています。

(遺産の分割の基準)

906条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

最後は結局「思いやり」なのです。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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