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静岡を襲った台風15号水害、半年を前にした被災地の今と今後の教訓(下)

関口威人ジャーナリスト
今も手入れの必要な家で作業するボランティア(3月14日、しぞ〜か・まめっ隊提供)

 静岡県で2022年9月、台風15号による大規模な水害が発生してから今月で半年を迎える。一時、静岡市清水区で6万戸以上が断水して全国的に大きく報道されたが、断水以外にも広範囲での浸水や土砂崩れがあった。

 静岡県の最終的なまとめによれば死者3人、重軽傷者7人、全壊家屋9棟、半壊・一部損壊家屋5643棟、そして床上・床下浸水9682棟。その影響は今も長引くとともに、さまざまな教訓を残している。

【連載・上】清水区のボランティア拠点で支援を続ける人たち

 静岡県といえば東海地震、今では南海トラフ地震に備える「防災先進県」のイメージがある。では、今回の台風15号水害には十分に対応できたのだろうか。

 「地震を想定した業務継続計画は策定していたが、風水害を想定した計画は策定していなかった」と認めるのは、静岡市の災害対応窓口である危機管理総室だ。

 静岡市は災害発生から約4カ月が経った今年1月末、田辺信宏市長以下、各部局長らで構成する静岡市災害復興本部会を開き、「台風第15号に係る災害対応検証中間報告」をまとめた。そこには各部局が直面した課題や問題点、原因分析と改善策などが50ページにわたり列記された。

 端的に言うと「静岡市としては大規模災害を想定してきたが、今回は広範囲とはいえ局地的災害だった。大半の市民が通常の生活をする中で、点在する被災者に対応する難しさがあった。普段やっていないことは非常時にできないことも露呈した」という実態だったと危機管理総室の杉村晃一係長は明かす。

危機管理総室が入る静岡市役所の庁舎(筆者撮影)
危機管理総室が入る静岡市役所の庁舎(筆者撮影)

庁内外での混乱ぶり示す中間報告

 断水に対応した上下水道部は、今回の災害を「大規模災害」と認識。地域防災計画上の給水計画で「大規模災害時には生命維持に必要な飲料水が1人1日3リットル」とされていることから、その想定で活動を始めた。

 ところが、大勢の被災者が避難所に身を寄せる大規模災害と違い、今回はほとんどの市民が自宅で生活を続けた。そのため断水地域の住民は、飲料水はもちろん、入浴やトイレなどの生活用水を求め、必要な給水の量は市の想定を大幅に上回った。そうした市民ニーズが、上下水道部から災害対策本部へスムーズに上がらなかった。

 「(災害対策本部の)本部会において報告すべき事項(重要性・緊急性の高いもの、共有すべきもの)が決められていなかった」

 「災害対策本部内において、災害対応に必要な情報の目的、情報収集の優先順位、情報集約と共有化の具体的なルールを定めておらず、また、役割分担等が明確ではなかった」

 「市内各所で大規模な浸水被害や土砂崩れ等が発生したほか、広範囲で断水したが、災害対策本部は被害状況の全体像を迅速に把握することができなかった」

 中間報告にはこんな文言が並び、庁内外での混乱を浮かび上がらせる。

静岡市が今年1月末にまとめた「台風第15号に係る災害対応検証中間報告」。昨年9月の災害発生時以降に各部局が取った対応と課題、改善策などが列記してある(筆者撮影)
静岡市が今年1月末にまとめた「台風第15号に係る災害対応検証中間報告」。昨年9月の災害発生時以降に各部局が取った対応と課題、改善策などが列記してある(筆者撮影)

想定や情報の「ずれ」で対応が後手に

 想定のずれと情報のすれ違いは、断水がおおむね解消した5日目以降も尾を引いた。被害状況把握の調査が進まず、被災者にとって生活再建手続きの第一歩となる罹災証明書の交付に役所側が手間取る。平均交付期間は当初想定した2週間を超え、9月受付分では平均17日を要してしまった。

 住まいに関するニーズもうまくつかめなかった。当初、市営住宅の一時使用や応急修理の申し込みを相談窓口などで受け付けたが、市はいずれも「申し込みが少ない」と判断した。しかし住宅政策課によれば、相談件数自体は当初から80件ほどあり、用意した市営住宅の戸数34戸に対して倍以上もあった。ただ、市営住宅は浸水地域からやや遠い場所にあり、それを敬遠する人や、家の修理の間に入居したいといった人の希望にすぐ合わせられなかった。

 最終的に34戸の市営住宅は一時埋まり、3月1日現在も18戸に被災者が入居している。ニーズは少なくなかったが、当初の認識のずれから、本来住宅を必要とする人への対応が遅れた。公営住宅の提供に代わり、民間アパートなどを借り上げて応急住宅とする「借り上げ型応急住宅」の提供は災害救助法に基づいて都道府県が行う。しかし、市が静岡県に対応を要請して受付を開始したのは被災から実に20日目が過ぎた10月13日だった。

静岡市葵区の住宅で床の状態などを見る「地域支え合いセンター」のスタッフ。昨年の浸水で応急対応は終わったが、床が冷えるためダンボールなどを敷き詰めているという。(3月17日、しぞ〜か・まめっ隊提供)
静岡市葵区の住宅で床の状態などを見る「地域支え合いセンター」のスタッフ。昨年の浸水で応急対応は終わったが、床が冷えるためダンボールなどを敷き詰めているという。(3月17日、しぞ〜か・まめっ隊提供)

弁護士らの相談窓口は早期に開設

 こうした後手に回った市の対応を残念がるのは、地元清水区の法律事務所に勤める永野海弁護士だ。

 永野さんは東日本大震災で避難所の支援活動に当たり、その後の各地の災害でも独自に被災者支援のチェックリストを作成して配布するなど、法律家の立場から熱心に防災に取り組んでいる。今回は自身も少なからず被災しながら、地元の人たちの法律的支援に走り回った。

 「相談窓口を開いたとたん、被災した方たちがどんどん駆け込んできた。本当に生きるか死ぬかみたいな方もいて、状況の深刻さをあらためて感じた」と永野さんは振り返る。

 永野さんら静岡県内の弁護士や税理士、建築士などいわゆる「士業」団体の連絡会は災害発生時、被災自治体の住民向けに無料相談窓口を設ける協定を県と結んでいる。

 今回、罹災証明書の発行手続きなどが遅れる中で、早期の窓口開設には慎重な意見が静岡市内部にあったという。だが、永野弁護士らが市側とやり取りを進め、最終的には生活安心安全課の担当者が「10月3日」というめどを示して臨時的な窓口開設に踏み出せた。

 永野弁護士は「結果的にその時点で早過ぎるということはなかった。発災直後に被災者の声を聴く『駆け込み寺』のような機能は行政だけではできない」とした上で、「今回のような広域的な被害状況を把握するためにはどうすればいいか。被災地域を一軒一軒回るためにはかなりの人員が必要で、行政が外部のボランティア団体などにどう頼むべきかなどを含め、日本全体の問題として検証するべきだ」と話す。

静岡市清水区の公民館で被災者向けの無料相談会に応じる永野海弁護士(2022年10月9日、筆者撮影)
静岡市清水区の公民館で被災者向けの無料相談会に応じる永野海弁護士(2022年10月9日、筆者撮影)

災害制度の“使い勝手” 現場から変えられるか

 士業連絡会の相談窓口はその後、市が正式に「ワンストップ窓口」として開設した被災者支援窓口に合流。年末までに1000件以上の相談が寄せられ、3月現在も平日の電話相談のほか、毎週水曜日に清水区役所で「生活なんでも相談」の開設を続けている。

 そうした中、被災建物の解体や撤去を公費負担で行う「公費解体」の制度について、今回の台風災害での対象範囲拡大を求める要望書を静岡県弁護士会が県内の各被災自治体宛てに昨年12月22日付で提出した。

 公費解体は原則「全壊」の建物が対象だが、これまで特定非常災害特別措置法の適用を受けた自然災害(特定非常災害)では「半壊以上」の建物も対象にされている。阪神・淡路大震災や東日本大震災をはじめ熊本地震や西日本豪雨、直近では熊本県を中心に大きな被害の出た「令和2年7月豪雨」で適用された。

 今回も弁護士会は静岡市内で「半壊以上、全壊未満」の建物被害を受けた人たちから公費解体制度を利用したいという相談を受けているが、市は全壊の4軒のみの適用にとどめている。担当部署は災害廃棄物を扱うごみ減量推進課で、取材に対して「特定非常災害の指定がない以上、対象範囲の拡大は難しい」と答えた。

 弁護士会の要望書作りにも携わった永野さんは「国の指定がなくても2年前に土石流災害のあった熱海市は自己財源で対象を拡大しており、静岡市もやろうとすればできるはず。同じような災害の被害に対して自治体の線引きによる支援の差ができていいのだろうか」と訴える。

静岡市清水区の法律事務所に勤務する永野海弁護士。東日本大震災の原発事故で福島県南相馬市の避難所の支援にあたって以来、防災と被災者支援活動をライフワークにしているという(2月9日、筆者撮影)
静岡市清水区の法律事務所に勤務する永野海弁護士。東日本大震災の原発事故で福島県南相馬市の避難所の支援にあたって以来、防災と被災者支援活動をライフワークにしているという(2月9日、筆者撮影)

 中間報告にはこうした課題は盛り込まれていない。永野さんは「日本には災害の支援制度がいくつもあるが、“使い勝手”は非常に悪い。現場で独自に決められないことが多く、市の担当者が相談を受けても『こんなメニューがありますよ』と住民にはっきりと言えない。本来は現場で感じた制度のおかしさを、市が国に向けて発信しなければいけないのだが、中間報告からはそうした姿勢が読み取れない」と指摘する。

 市は中間報告を基に市民や専門家の意見を反映し、今月末には最終報告を取りまとめる方針だが、危機管理総室によれば検証項目は減ることはあっても増えることはないという。その検証方法も含めて課題の残る災害だと言えそうだ。

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ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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