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台風19号から3カ月 住民が苦悩する自宅の公費解体

関口威人ジャーナリスト
千曲川が決壊した長野市の穂保地区。多くの被災家屋の解体はこれからだ(筆者撮影)

 東日本や長野県などに甚大な被害をもたらした台風19号の上陸からちょうど3カ月が経つ。被災地では徐々に復興が進んではいるが、このタイミングでようやく住民がスタート地点に立てる制度がある。「公費解体」だ。

 文字通り、行政が公費で被災家屋を解体したり、撤去したりする制度。しかし、住民からは「もっと早く知りたかった」「いつ解体してもらえるか分からない」などの不安、不満も聞かれる。被災直後の物資救援や支援金制度が手厚くなる中、公費解体は課題の多い制度とも言える。住宅や店舗など4000棟以上が浸水被害を受けた長野市の現場を取材し、課題や改善策を探った。

被災3カ月目で始まった市の説明会

 「いつぐらいまでかかるのか」「すでに解体を始めてしまったがどうすればいい?」

 昨年のちょうどクリスマスの日中。長野市のJAながの豊野町支所に、約50人の住民が集まった。市による公費解体の説明会だ。12月18日から市内5カ所で順次開かれ、6日目となるこの日が最終日だった。

 参加者は年配の人たちが多かったが、20〜30代に見える若い世代も。濁流が直撃して家が崩れそうなほどの被害を受けた人もいれば、骨組みは無事だが泥水に浸かってしまった新築の家を持つ人など、被災地内でも事情はさまざまなようだ。しかし、いずれも愛着のある家を今後どうしたらよいのかという重い悩みを抱えている様子だった。

 会場では制度の概要を記したA4で25ページ分の資料が配られ、さらに十数枚分の申請書や同意書の様式なども。参加者は懸命に資料と見比べながら、実際の手続きの流れなどをイメージしようとしていた。

長野市の豊野地区で開かれた公費解体の説明会。参加者は合計30ページほどの資料に目を通しながら、担当者の説明に耳を傾けた(2019年12月25日、筆者撮影)
長野市の豊野地区で開かれた公費解体の説明会。参加者は合計30ページほどの資料に目を通しながら、担当者の説明に耳を傾けた(2019年12月25日、筆者撮影)

 その制度の内容をおおまかに説明してみよう。一般的に公費解体の対象は、地震や水害で「全壊」「大規模半壊」と判定された被災家屋。1995年の阪神・淡路大震災のころから運用され、東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨、そして今回の台風19号などの大規模災害では「半壊」の家屋も対象となっている。長野市だけで対象は2367棟(全壊869棟、大規模半壊284棟、半壊1214棟、12月13日現在)にのぼる。

 そうした被災家屋の所有者に代わって、市が解体工事の発注から支払いまでをする。所有者に金銭的負担が一切かからないのが最大のメリットだ。

 しかし、解体作業は原則、住民が申請した順番に進み、工事の時期などを指定することはできず、いつ自分の番がやってくるかは分からない。また、工事前には家屋内の家財道具類を自分たちで搬出する。工事完了時は本人か代理人の立ち会いが必要だ。

公費解体の受け付けから解体・撤去までの流れ(長野市の説明会資料から)
公費解体の受け付けから解体・撤去までの流れ(長野市の説明会資料から)

 一方、すでに自ら業者に依頼し、解体・撤去工事をしてしまった人や、これから自力で発注するという人に費用が償還される「自費解体」制度についても同時に説明がされた。

 いったん業者に工事費を支払う立て替え払いの形なので、一時的な金銭負担が発生する。実際にかかった費用が市の工事費算定より高かったら、その分は償還されない。

 しかし、公費解体ではどうしても順番が回ってくるまでに時間がかかるため、「急ぐ人は自費解体を」と市の担当者は呼び掛けていた。

 

 いずれにしても、各家庭の事情によってさまざまなケースが考えられる。参加者からは「ブロック塀は撤去できるのか」「浸水した床や壁はすでに切ってしまったがどうすればいいか」「更地にしたら固定資産税が上がるのでは…」といくつもの質問が上がった。担当者は「解体に支障があるものは撤去できる」「リフォームで済むなら公費解体の対象にはならない」「税金は2年間は据え置かれるが、その後は3〜4倍に上がってしまう場合もある」…などと回答していた。

長野市北部の住宅街、豊野地区。千曲川の越水と支流の浅川の内水氾濫で、多数の家屋が浸水した(2019年12月26日、筆者撮影)
長野市北部の住宅街、豊野地区。千曲川の越水と支流の浅川の内水氾濫で、多数の家屋が浸水した(2019年12月26日、筆者撮影)

 説明会の終了後、何人かの住民に話を聞く機会を得た。豊野地区の女性宅は1階の床上まで浸水。女性は1カ月半を避難所の体育館で過ごした。その間に公費解体について知り、市に何度か問い合わせた。しかし「詳細はまだ国と協議中。もうしばらく待って」と言われ続けた。リフォームも考えたものの、「子どもは成長して家を出ていき、主人にも先立たれて一人暮らし。今さら1人で家を直しても…。ただ、固定資産税の問題もある。いろいろ考えるのもストレス」と顔を曇らせた。

 同地区の別の男性は「制度が複雑でまだよく理解できていない。市役所も対応に手いっぱいなようなので、まだ予約も入れようという気にならない」とこぼす。男性も一人暮らしで、市内の「みなし仮設」のアパートに身を寄せながら、今後について悩み続けている。

傷跡残る住宅、迫られる決断

 そんな中、住宅の現状を見たいという筆者の申し出を受けてくれたのが雨宮雅さん(59)だ。自宅は被災地域にはないが、3年ほど前、千曲川沿いの穂保地区に2階建ての家を土地ごと購入し、貸家にしていた。

穂保地区の貸家が被害を受けた雨宮雅さん。玄関にも浸水の跡がまだくっきり残っている(2019年12月25日、筆者撮影)
穂保地区の貸家が被害を受けた雨宮雅さん。玄関にも浸水の跡がまだくっきり残っている(2019年12月25日、筆者撮影)

 しかし2019年10月13日の朝、目を疑う光景がテレビに映し出されていた。濁流に飲み込まれていく穂保地区。雨宮さんは慌てて貸家の入居者と連絡を取り、無事を確認した。

 貸家があったのは決壊現場よりやや上流だったため、下流より被害は少なかったようだ。それでも浸水は明らかに大規模半壊の基準となる床上1m以上。今も家の内外に傷跡がくっきりと残る。

 屋内に流れ込んだ大量の泥は、仲間内で掻き出した。しかし、それ以降の片付けや床下の乾燥までは手が回らない。入居者はすでに転居先を決め、家はからっぽに。次第に床板が浮き上がってきた。

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雨宮さんが大家として貸し出していた一軒家。泥は掻き出したが、床下の乾燥まではできず、床板が浮き上がってきた(2019年12月25日、筆者撮影)
雨宮さんが大家として貸し出していた一軒家。泥は掻き出したが、床下の乾燥まではできず、床板が浮き上がってきた(2019年12月25日、筆者撮影)

 「1階の天井から上はそのまま残っている。でも、1階の床や壁をすべて張り替えるとして見積もりを取ったら400~500万円。それだけお金をかけて直しても、またいつか水害が来るかもしれない」

 不安や悩みを抱えていた雨宮さんは、説明会の2週間ほど前にテレビで公費解体のことを知った。ネットで詳しいことを調べ、「こんないい制度があるなら使いたい」と思った。ただ、貸家の場合は「事業所」の扱いになる。現住している被災者ではないため、雨宮さんには罹災証明書の被害認定がされていない。説明会で聞くと、あらためて市が状況確認に来て、判定結果が出てからの手続きになるという。

 「時間はかかりそうだが、この貸家に関しては大急ぎではないので『自費』ではなく『公費』を選ぶ。解体して、とりあえず資材置き場にでもするしかないかな。しかし、周りにはもっと被害が大きくても、2階に住んでいるような人たちがいる。この地区はどうなってしまうのか…」と雨宮さんはつぶやいた。

 市では年が明けた1月10日から、市役所本庁など3会場で申請の受付を始めた。自費解体は今年3月末までに契約を締結した工事が対象で、市への申請期間は6月末まで。一方、公費解体の申請は9月末まで受け付ける。市は現時点で公費・自費合わせて700件ほどの申請を見込む。すべての工事が終わるのは最短で10月ごろ、遅くても年末をめどにしたいのだという。被災から1年以上を見据えなければならない、長期戦だ。

自治体職員にも大きな戸惑い

 このように、被災者の生活再建やまちの復興に直結する公費解体。住民が重い決断を迫られる裏で、いくつもの課題が見える。長野市のように、被災から3カ月近くが経ってようやく説明会が開かれて申請が受け付けられるという点。そして解体工事自体にも時間がかかるという点だ。

 周知や手続きが遅れるのはなぜだろうか。その理由の一つは、自治体の担当窓口にあると言えそうだ。

 災害救助法や被災者生活再建支援法の手続きは、市町村の総務課や危機管理課、あるいは保健福祉の部署が窓口となる。しかし、公費解体は普段、産業廃棄物などの処理に携わる環境部局が窓口となることが多い。これは、災害直後に道路脇などに積み上がるがれきを撤去する作業と同じ「災害廃棄物処理事業」の枠組みだから。よって国の担当省庁も環境省になっている。

昨年の台風19号で千曲川が氾濫し、多くの住宅が浸水した(2019年10月14日、ロイター/アフロ)
昨年の台風19号で千曲川が氾濫し、多くの住宅が浸水した(2019年10月14日、ロイター/アフロ)

 環境省は、公費解体の手順についてガイドラインを作って示している。ただ、そこには全体の手続きの流れはあっても、具体的にいつごろから広報をして、申請期間はどれぐらいにすればよいかといった目安は示されていない。同省災害廃棄物対策室は「国が細かなスケジュールを出すより、現場の実情に応じて市町村で判断した方がいい」からだと説明する。

 一方、市町村にとって切実なのは先々のスケジュールはもちろん、まずは予算だ。公費解体を含めた災害廃棄物処理事業には「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)」に基づき、被災市町村に国庫補助金が出る(災害等廃棄物処理事業費補助金)。細かい要件はあるが、昨今の災害では基本的に「どんな自治体にも出るものと考えていい」(同省廃棄物適正処理推進課)という。ただ、自治体にとって「本当に出る」と確信できるのは、膨大な申請書類をそろえて交付決定される見通しを得てからだ。

 今回の長野市は、これまでになく大量に発生した災害ごみの処理に苦しんだ。その対応をしながら、同じ部署(環境部)が予算確保のための書類を集め、国に提出し、公費解体の準備に取り掛かる。市の職員は「国との調整でどうしても時間はかかる。われわれに負担がないと言えばうそになるが、本当に大変なのは住民の皆さんなので…」と言葉を絞り出す。東北の台風19号被災地である宮城県丸森町でも、昨年12月中旬を予定していた公費解体・自費解体の受け付け開始が、1月上旬から下旬にずれ込んでしまっているようだ。

 こうしたしわ寄せが、住民の不安や復興の遅れにつながっていく。

早めの周知で、十分な検討期間を

 「倉敷でも、情報不足が問題でした」

 こう話すのは岡山県の岡山弁護士会に所属し、災害対策委員長を務める大山知康弁護士だ。

 2018年7月上旬の西日本豪雨で、約6000棟の住家が浸水被害を受けた倉敷市では、8月6日に公費解体を受け付けると市が発表。当初は9月16日から翌19年6月28日の約9カ月半を申請期間とした。しかし、これでは住民が解体するか、修繕するかを十分に検討できないとして、岡山弁護士会は申請期限の延長を行政に要望。倉敷市は最終的に期限を6カ月間延長し、19年12月28日までとした。

西日本豪雨で岡山県の被災者の法律相談などに奔走した大山知康弁護士(2020年1月7日、筆者撮影)
西日本豪雨で岡山県の被災者の法律相談などに奔走した大山知康弁護士(2020年1月7日、筆者撮影)

 「被災直後に市の相談窓口がパンクする中で、私の元にも住宅の再建に関する相談が何十件も寄せられました。岡山弁護士会としても無料電話相談や出張相談会などを通じて1600件以上の相談を受けています」と振り返る大山弁護士。

 「しかし、公費解体については行政も私たち支援者もうまく情報提供ができず、焦った人たちが十分検討せずに自費解体を進めてしまったり、公費解体の申請準備の遅れにつながったりした面は否めません」と反省の弁を口にする。

 一方、被災者の中でも家族で意見がまとまらないなどの例があった。住宅ローンを抱えた人は、災害時に債務を免除や減額してもらえる可能性があるが、その手続きにもまた時間がかかったという。

 住宅の解体にも、今は建設リサイクル法によって細かい分別が義務付けられており、1棟の解体工事には10日前後がかかるとされる。それを、地方では限られた業者の人手で対応していくため、かかる時間は雪だるま式に増えていく。

 「公費解体自体は、住宅再建の最初のステップとなり、廃屋を地域に残さないためにも良い制度です。だからこそできるだけ早く、被災から1週間後ぐらいには十分な広報をする必要があるのではないでしょうか」と大山弁護士は提言する。

西日本豪雨で一帯が浸水した倉敷市真備町では更地になった住宅跡地も目立つ。復興のまちづくりは今も続いている(2020年1月7日、筆者撮影)
西日本豪雨で一帯が浸水した倉敷市真備町では更地になった住宅跡地も目立つ。復興のまちづくりは今も続いている(2020年1月7日、筆者撮影)

 全国の災害ボランティアやNPOが連携する「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」の栗田暢之代表理事も「公費解体や災害廃棄物処理などは、普段から小さな市町村の担当者や支援者が勉強できる場をつくっておくべきだ」と指摘。そして「災害が起これば速やかに周知し、土砂の撤去と公費解体をセットでやるなどの柔軟な運用も各機関が連携してできるようになればいい。それが一日でも早く復興したいという被災者の思いに応えることだ」と訴える。

 被災から2カ月、3カ月というのは、メディアも被災地に対する関心を失いがちなタイミングだ。そこからスタートする公費解体は、災害取材の“盲点”であったとも言える。筆者自身も反省しながら、この制度にあらためて目を向けていきたい。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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