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2010年代に日本の所得格差は拡大したか。また、税制でどれだけ格差が縮小できたか

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
ジニ係数でみた日本の所得格差は、2010年代に拡大したか

2010年代をずっと支配してきた超低金利。3月19日に、日本銀行は「マイナス金利政策」を解除することを決定し、17年ぶりに金利を引き上げた。この超低金利は、2013年以降の経済政策を形作ってきた「アベノミクス」の象徴の1つともいえる。この度の金融政策の変更で、1つの時代の区切り目となった感がある。

「アベノミクス」で所得格差が拡大した、という見方があるが、それは本当にそうなのか。

筆者が3月14日に、東京財団政策研究所の研究報告書として公表した「所得税改革の経済分析」において、2010年代の毎年の所得格差の動向を分析した結果を明らかにした。その分析結果の1つが、冒頭の表にあるジニ係数である。

ジニ係数は、所得格差を大小を表す指標の1つで、これが大きいと格差が大きく、小さいと格差が小さいことを表す。政府が公表する所得格差の指標でも使われている。

ただ、政府が公表する所得格差のジニ係数は、3年か5年に1度行う調査に基づいて推計される。そのため、毎年の所得格差の変動をみることはできない。しかも、同じ人を追跡調査する形で統計を取っているわけではない。ややもすると、調査年にたまたま調査を受けた人の所得格差を、3~5年ごとにとって、それを経年比較しているだけになっているとも限らない。同じ人の所得変動を追いかけて所得格差をみているわけではない。

これに対し、慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターが実施・収集している「日本家計パネル調査(JHPS)」では、同一の個人(とその世帯)から毎年調査の回答を得ているパネルデータを提供している。そうすると、そもそも所得をいくら稼いでいて、そこに所得税・住民税や、社会保険料がいくらかかっていて、それを払った後でいくらの手取り所得(可処分所得)が残るのかを毎年推計することができる。

その推計の詳細は、前掲拙稿「所得税改革の経済分析」を参照されたい。

このJHPSの個票データを用いることで、世帯所得のジニ係数(等価世帯単位)の変化を連年にわたり分析したのが、冒頭の表である。

2010年代に所得格差は拡大したか?

結論から言うと、所得税・住民税や社会保険料を課される前で、年金や児童手当や失業手当などの給付を受ける前の所得(これを当初所得という)でみると、2010年代を通じて、所得格差は、わずかな変動はあるが、拡大してもいないし縮小してもいないといえる。冒頭の表の列(1)の(等価世帯)当初所得のジニ係数をみると、2010年に0.4827だが、2020年には0.4889と、ほぼ変わらない。

ただし、重要な留意がある。それは、JHPSには、(税務統計などで把握される)所得上位のトップ1%という超高額所得者は含まれていない。そのため、ここでは、超高額所得者を除いたところでの所得格差を意味する。

冒頭の表の列(1)にある(等価世帯)当初所得のジニ係数は、現実の生活実感を表すものではない。なぜならば、実際の生活実感と密接に関係あるのは、年金や児童手当や失業手当などの給付を受けとり、所得税・住民税や社会保険料を課された後に残る手取り所得(可処分所得)だからである。

では、(等価世帯)可処分所得のジニ係数はどうなっているか。それは、冒頭の表の列(5)にある。これをみると、所得格差はわずかに縮小しているといえる。2010年前後の(等価世帯)可処分所得のジニ係数は0.34前後だが、2020年に近づくにつれ、0.34には戻らなくなり、2020年には0.3160と分析期間で最低となっている。

もちろん、2020年には、1人一律10万円の特別定額給付金が支給された。これにより、他年よりも(等価世帯)可処分所得のジニ係数は下がっている。

特別定額給付金は1年限りの特別措置とはいえ、2019年には0.32台にまで(等価世帯)可処分所得のジニ係数は下がっており、所得格差は縮小する傾向にあった。ただし、それはわずかである。

可処分所得の格差に何が影響したか

では、当初所得から可処分所得に至るまでに、この所得格差の縮小は何によってもたらされたのか。当初所得に加えて、所得税が課税対象となる年金と、非課税となる児童手当や失業手当や特別定額給付金などを受け取り、そこから社会保険料が差し引かれ、所得税・住民税が差し引かれて、可処分所得となる。

その加減の間に、所得格差が縮小したり拡大したりする。高所得者により多く恩恵が及ぶ(あるいは負担が軽くなる)ような給付や負担があれば、所得格差は拡大してジニ係数は上がる。逆に、低所得者により多く恩恵が及ぶ(あるいは負担が軽くなる)ような給付や負担があれば、所得格差は拡大してジニ係数は下がる。

これを踏まえて、改めて冒頭の表の列(1)から(5)をみよう。すると、社会保障制度や税制が、所得格差に次のような影響を与えている。それは、

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慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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