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新型肺炎の景気下振れ対策、効果があるもの、無駄なもの

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
新型肺炎の影響で、景気の下振れに対策を求める声が強まっている。効果があるものは?(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスによる肺炎の拡大で、国内景気の下振れが心配されている。

もちろん、新型コロナウイルスの感染拡大を防止することが、最大の景気下振れ対策である。ただ、それは日本国内だけでなく、中国をはじめとして世界的に取り組まれなければ、収まらない。

中国経済で新型コロナウイルスの感染拡大の影響が残り続ければ、日本経済への影響も収まらない。中国人の訪日観光が低迷すれば、日本各地の観光関連産業は、悪影響を受けることになるし、中国での消費が低迷すれば、日本から中国への輸出も滞る。

訪日観光客の減少で受けた日本の観光関連産業への対策として、それを代替する需要喚起は容易ではない。日本で感染拡大が止められなければ、日本人ですら多くの人が集まる日本各地への観光には訪れにくくなる。

他方、日本で感染拡大が収まったとしても中国で感染拡大が残れば、その悪影響は尾を引くし、訪日中国人観光客を補える程の日本人観光客を呼ぶことは難しい。そこで、国内で観光旅行を促したところで、海外旅行しようとした日本人が国内観光に変えてくれる程度の効果しか期待できないだろう。

観光関連産業への対策として、政府にできるとしても、感染拡大が終わった後に速やかに営業再開できる態勢を保つべく、資金繰りなどの支援をすることぐらいではなかろうか。

国内で感染が拡大した場合(杞憂であって欲しいが)、最も心配されるのが、対面での取引が制限されることだ。感染拡大防止には、まずはヒトヒト感染を抑えることだから、多くの人が一堂に集まることを避けようとする。大型小売店舗や多くの人が集うイベントや運輸で、営業が陰に陽に制限される恐れがあり、そうしたビジネスで売上が減る恐れがある。

他方、在宅での消費は、これを代替して増えるだろう。ネット通販といった非対面のサービスは、感染拡大の悪影響はむしろ受けない。

すると、感染拡大に伴う景気の下振れ対策として、民間消費を喚起するような財政政策は効果があるか。例えば、所得税や消費税の減税とか消費に伴うポイント還元とか。

感染拡大中の民間消費を喚起する方策が、景気の下振れ対策として有効かというと、さほど効果はないだろう。

その理由を単純化していえば、(起きて欲しくないが)感染拡大中に、減税してもらったからといって、自動車を買ってどこか観光などレジャーを楽しもう、ということにはならないからである。

確かに、ネット通販等での消費は増えるだろう。しかし、それは、感染拡大中の在宅生活での消費を増やすまでで、陰に陽に外出を制限されている中で、自動車購入や観光のための宿泊費などのような消費の拡大にはつながらない。

ただでさえ、感染拡大とは無関係に、ネットが普及したことで、若年世代を中心にモノを買わなくなって、それも消費低迷の一因といわれている。自動車や住宅の購入が若年世代で減っていることも象徴的である。

おまけに、昨年12月に政府は、事業規模が26兆円にのぼる民間消費の刺激策を含んだ総合経済対策を打ち出して、2019年度補正予算と2020年度当初予算に盛り込んである。

そうした性質を考えれば、民間消費の喚起が、感染拡大に伴う景気の下振れ対策の切り札とはなりにくい。

では、感染拡大に伴う景気の下振れ対策として、何が有効か。

それは、ビジネスのデジタル化である。

デジタル化など、今に始まったことではないし、目新しくもない。今や、デジタルトランスフォーメーションの推進すら謳われている。

しかし、現実はどうか。わが国では、現金取引、対面商売が幅を利かせている。

対面商売に良い所もある。しかし、ことはヒトヒト感染による新型コロナウイルスの感染拡大の懸念である。

今後万一、ヒトヒト感染を避ける措置が強く強いられたらどうなるか。対面商売は、避けられてしまうだろう。

感染が拡大して最も困るのは、企業や行政での通常の業務が営めなくなることである。特に、わが国ではヒトヒト感染が起きにくい自動車通勤ではなく、ヒトヒト感染が起きやすい電車通勤が主だから、朝の通勤もままならなくなることさえあるかもしれない。

通常業務が営めなくなることで、供給側から日本経済を下振れさせる。景気の下振れというと、何かと需要面の対策に目が向きがちだが、供給面への対策こそが有効だ。今の日本経済では、人手不足に象徴されるように、供給制約が日本経済の成長の足かせになっている。

国内外から注文が入っていて、それを通常業務でこなせば利益が上がるのに、感染拡大によって業務が通常通りにこなせなくなって、せっかくの収益機会を逸してしまう。これを、感染が拡大しても防がなければならない。

そうなれば、在宅勤務・テレワークの促進は、感染が拡大しても通常の業務への支障を最小限に食い止める方策になろう。その観点からは、既に政府は取組み始めてはいるが、在宅勤務・テレワークのさらなる促進を、下振れ対策として講じるとよいだろう。

さらに、感染が拡大しても、ネット上での商談やネットでの商取引やキャッシュレス決済は、非対面だから影響を受けずに済む。わが国のビジネスでは、欧米諸国よりこれらの普及が遅れている。これを機に、その普及をさらに促進する方策が講じられれば、感染拡大に伴う景気の下振れ対策として有効だろう。

このように、感染拡大に伴う景気の下振れ対策は、わが国でまだ普及していない分野でのビジネスのデジタル化を推進することである。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

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