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株式の配当や売却益への増税を検討!?

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
26年ぶりの高値で終えた2017年の株式市場。2018年はどうなる?(写真:アフロ)

年明け早々、税制をめぐる議論について、NHKニュースが次のように報じた。

軽減税率の穴埋め 6000億円財源確保を本格議論へ(NHKニュース)

このニュースによると、

2019年度の税制改正に向けては、株式の配当や売却益など金融所得への課税を強化するかどうかが焦点の一つとなる見通し

という。

現在、預金の利息、株式の配当や売却益など金融所得には、給与所得や年金所得とは分離して、20%の税率で所得税と住民税が課されている(復興特別所得税は別途)。2013年までは税率が10%だったが、損益通算(別の金融商品で損失が出た場合に利益が出て得た金融所得と相殺できる仕組み)を導入することと合わせて2014年から今の20%となった。

その金融所得に対する税率を25%とかに引き上げる案は、専門家の間では以前からあった。上記のニュースは、そのことを意図しているとみられる。

上記のニュースでは、消費税に導入される予定の軽減税率によって失われる税収の穴埋めに、この金融所得への税率の引上げによる増収を充てるというニュアンスだが、もう少し深い含意がある。

それは、所得格差の是正である。

昨年末、拙稿「『年収850万円超の人は増税』がなぜ妥当か もし年収1000万円なら、増税額は4.5万円」で詳述したように、2020年から850万円超の給与所得者に増税することなどを盛り込んだ「2018年度税制改正大綱」が閣議決定された。その議論の中で、高所得者に増税するのは所得格差是正にはつながるが、年収850万円とか900万円とかという所得層が、果たして「高所得」といえるだろうか、という疑問も出ていた。「高所得」というなら、年収1億円とか5億円とかという人たちではないか、と。

確かにそうなのだが、年収1億円を超える高所得者に、累進課税をする所得税で増税しようにも、累進税率を引き上げても(例えば、現在45%の最高税率を引き上げるとか)ほとんど効果がない。

なぜか。それは、そうした高所得者の所得源は、給与所得でなく金融所得だからである。

その実態は、実際の税務統計を使って分析した、岡直樹「日本の所得税負担の実態―高額所得者を中心に―」(PDFファイル)に詳しい。岡論文によると、年収9000万円以下の人は、得た課税前収入のうち給与所得は約4割を占めて最大の所得源なのだが、年収2~3億円の人は、得た課税前収入のうち給与所得は約26%しかなく、土地や株式などからの所得が半分以上を占める。年収5~10億円の人は得た課税前収入のうち金融所得(株式等譲渡所得)が約32%、年収10億円超の人は金融所得が約68%を占めるという。

このように、高所得者の所得源は、給与所得でなく金融所得である。

だから、もし本格的に所得格差を是正するなら、金融所得課税の強化、つまり金融所得への税率を引き上げることは効果的とみられる。

前述のように、わが国の所得税では、税務手続きなどの理由から、金融所得は、給与所得や年金所得とは別に課税されている(分離課税)。銀行や証券会社の口座は、会社をまたいで名寄せをしてはいないので、誰がいくら金融所得を稼いだかを自動的に名寄せする仕組みはない。だから、それぞれの会社で稼いだ金融所得をその場で20%の税率で課税することで、給与所得とかとは分離して所得税を徴収している(源泉課税を選択した場合)。

しかし、金融所得への増税は、本当に実現するだろうか。最大の関門は、安倍晋三首相ではなかろうか。

安倍政権は、株価に強く関心を寄せているといわれる。株価が上がれば政権を維持できるとみている、とさえ噂されている。

上記のニュースによると、この議論は、前述した給与所得者への増税(2020年に実施予定)と異なり、2019年10月の消費税率引上げ時に導入予定の軽減税率に合わせてのものだから、実施時期は2019年10月からとなる可能性もある。つまり、安倍政権下で実施される時期を迎える可能性がある。

こうした金融所得への増税は、株価を下げる恐れもある。株価を大きく下げないまでも、金融所得への増税が行われる直前に、個人投資家が利益確定売りを行うことが考えられ、その時には株価の下落要因となろう。ただ、この金融所得課税は、個人への所得税についてであって機関投資家をはじめとする法人に対してのものではない。だから、個人投資家が株価に与える影響が限定的なら、金融所得への増税は株価に大した影響を与えないかもしれない。また、株式等譲渡所得で億円単位の年収を得ている人は、激しく売買して譲渡益を上げているというより、新規上場株式を売却して収入を得ているとも考えられる。それが主であれば、金融所得への増税が株価を下げることにはつながらないかもしれない。

所得格差是正の効果を重く見るか、株価への影響を重く見るか。金融所得への増税は、果たして実現するのだろうか。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月2回程度(不定期)

日常生活で何かと関わりが深い税金の話や、医療、介護、年金などの社会保障の話は、仕組みが複雑な割に、誰に聞けばよいかわからないことがままあります。でも、知っていないと損をするような情報もたくさん。そこで本連載では、ニュース等の話題をきっかけに、税や社会保障について、その仕組みの経緯や込められた真意、政策決定の舞台裏を、新聞や公式見解では明らかにされない点も含め、平易に解説していきます。

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