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原一男監督、釜山映画祭で伝説のドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』の後悔、その後の空白と変化を語る

武井保之ライター, 編集者
伝説のドキュメンタリー監督・原一男氏が登壇した(画像提供:BIFF2023)

 伝説のドキュメンタリー監督・原一男氏が10月9日、韓国で開催中の釜山国際映画祭の「マスタークラス」トークイベントに登壇した。会場となった釜山・KNNシアターには、若い世代からエルダー層まで幅広い年代の映画ファンがつめかけて満席。

 会場の3分の1ほどが20代と見られる若い層だったが、イベントの最後30分の質疑応答で挙手をしたのは全員が20〜30代の映画界の未来を担う世代。常に10人以上が手を挙げる熱気に包まれたなか、原監督は熱心な若者の質問や意見に答えながら、「私のトークは2時間では足りない」と笑顔を見せた。

社会と戦う人を撮ることが人生を学ぶことだった

 トークイベントは、原監督の生い立ちの話からはじまった。モデレーターからの紹介を受けたあとマイクを取ると、地方の海底炭鉱の町で生まれ、戦後の国策によって炭鉱が閉鎖されてから、極貧と呼ばれる社会の最下層で育ってきたと語った。

「貧乏だから大学進学や会社就職とはまったく縁がないまま大人になって、たまたまドキュメンタリー制作という表現方法に出会った。貧しかった自分はお金もコネもない、コンプレックスだけが体内に充満していた無名の若者。

 しかも、社会の最下層で育ってきたから、社会の矛盾への意識が曖昧だった。その状況のなかでただ自分が強くなりたかった。そのためにどうすればいいかと考えていたときに、権力と戦っている人たちがいた。そういう人たちにカメラを向けることで自分を鍛えてもらいたいと思ったのが最初です。

 最初に被写体に選んだのは、市民運動で過激な戦いをしている身体障がい者のグループの人たち。次が男尊女卑の社会で女性の地位を高めるために戦っている女性。彼らの生き方に教えられることが多かった。社会と戦う人を映画に撮ることは、私にとって人生を学ぶこととイコールだった。だから、私が主人公に選ぶのは反権力の人たちでした」

『ゆきゆきて、神軍』奥崎謙三さんを撮るのは怖かった(笑)

満席となったKNNシアターにて歓迎の大きな拍手で迎えられた原一男監督。2時間の「マスタークラス」トークイベントでドキュメンタリーとの出会いからポリシーまで熱く語る(画像提供:BIFF2023)
満席となったKNNシアターにて歓迎の大きな拍手で迎えられた原一男監督。2時間の「マスタークラス」トークイベントでドキュメンタリーとの出会いからポリシーまで熱く語る(画像提供:BIFF2023)

 そこから話は、ベルリン国際映画祭ほか国内外の映画賞で高く評価された伝説のドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』(1987年)に移る。

「奥崎謙三さんを撮るのは怖かったよ(笑)。ニューギニアの戦地で多くの日本人が戦死したなか、奇跡的に生還した人。神様が自分を生かしたと思っている、とんでもないエネルギーがあふれる人だった。

 でも、ニューギニアの戦地で敵の攻撃にさらされて、武器も食料もなく追い詰められた日本兵が仲間を殺して肉を食う出来事があったと聞いて、それを映画にしたいと思った。

 自分を神様くらいに思っている人に向き合う私は、まだ映画2本撮っただけの無名監督。「神様の私を撮るのは10年早い」と何度も言われながらカメラを向けるわけです。

 自分が弱いから強い人にカメラを向けたいと思っていたけど、自分が考える通りに撮影したい。でも、彼は彼の言う通りに撮らないと怒る。私と彼のそのバトルが映画を撮っている間ずっと続いたんです。

 奥崎さんは自分をかっこよく見せたいといつも考えている人。カメラが自分に向いているときはすごく張り切るけど、そうでないと退屈そうにして不機嫌になる。かっこよく映りたがっている彼が嫌で、そこがいちばん苦労した(笑)」

時代が変わり権力と戦って生きる人がいなくなった

ときに笑いも交えながら優しく語りかける原一男監督。席から身を乗り出して話に聞き入る若い世代の女性たちの姿が目立った(画像提供:BIFF2023)
ときに笑いも交えながら優しく語りかける原一男監督。席から身を乗り出して話に聞き入る若い世代の女性たちの姿が目立った(画像提供:BIFF2023)

 そんな同作の撮影プロセスを語るには3時間半かかるそうだが、この日は30分に短縮してまとめた。そして、そこを導入にして、自身の制作スタイルへと話は進む。

「撮影を通して自分を鍛えてもらおうという心意気はOKだったと自分でも思う。しかし、優しく教えてくれる人はいない。ドキュメンタリーは必ず被写体との戦いになる。ドキュメンタリーとは被写体と監督とのバトルの記録。1〜3作目はまさにそれを撮った映画です。

 その先もそういう映画を撮ろうと思っていた。しかし、時代が進んで、権力と戦う生き方をする人が日本社会に存在しなくなった。『ゆきゆきて、神軍』の主人公より強い日本人を探して、それがいないことに気づくのに20年かかった。

 もう求める主人公がいないなら、と映画を作ることを諦めていたときに、アスベストの被害で苦しんで亡くなった家族の裁判闘争を撮らないかと誘ってくれる人がいた。それが『ニッポン国VS泉南石綿村』(2018年)です。

 いままでの主人公とは違う市井の人にカメラを向けるようになった。

 私にとって、権力にケンカを売るエネルギッシュな人が被写体の対象だったけど、『泉南』の人は権力と戦う意識を持っていない。でも、そんなごくふつうの人が権力に抵抗しないと幸せになれないと学んでいく。8年かかった裁判闘争をすべて記録し、市井の人が怒りを学んでいくプロセスを描く映画になりました。

 この映画は、釜山国際映画祭に招待されて賞をいただき、とてもうれしかった。なぜかというと、一般の人にカメラを向けて、見た人がおもしろいと思ってもらえなかったら、映画人として負けだと思っていたから。

 それを多くの人がおもしろいと言ってくれた。この映画で自分のなかで被写体の対象が若い頃と変わった。作り手としての意識が変わった。それは自分にとっていいことだった」

現場で学んだ今村昌平監督と浦山桐郎監督が師匠

 原監督が「庶民にカメラを向けるのがどういうことかわかった」とするのが、6時間12分という長尺の『水俣曼荼羅』(2021年)。「世界の巨匠と呼ばれるドキュメンタリー監督のフレデリック・ワイズマンの作品より上だと思っている」と自信を持って語る。

「ワイズマンはいい映画もあるけど退屈な映画もある(笑)。だけど『水俣曼荼羅』は見た人の95%以上が退屈しなかったと言ってくれている。いくらいい映画と言われても眠くなるような映画であってはだめ。私のポリシーであり目標は、観客を決して退屈させないこと」

 ここから話は、原監督の映画作りの原点を掘り下げていく。

「私は大学や専門学校で映画を学んだわけではない。今村昌平と浦山桐郎の助監督として現場から学んだ。ふたりが私の師匠です。

 映画とは「人の感情を描くもの」であり「庶民のもの」。ドキュメンタリーを作りながら、この2つの言葉を考えてきました。

 私は社会の極貧層の出身だから、自ずと差別など社会で苦しんでいる人に共感する。そういう人たちの喜怒哀楽をきちんと丁寧に描くことによって、それをエンターテインメントとして映画にすることが私の映画作りだと理解しています」

『ゆきゆきて、神軍』公開30年を過ぎて後悔していること

原一男監督が客席に『水俣曼荼羅』を見た人いる?と語りかけると10人ほどが挙手。6時間12分という長尺の映画だが観客からは「おもしろかった」と声が上がった。原監督は「そうでしょ?」と笑顔(筆者撮影)
原一男監督が客席に『水俣曼荼羅』を見た人いる?と語りかけると10人ほどが挙手。6時間12分という長尺の映画だが観客からは「おもしろかった」と声が上がった。原監督は「そうでしょ?」と笑顔(筆者撮影)

 ここでモデレーターから質問が入る。ドキュメンタリーを撮ってきた原監督からの「エンターテインメントとして映画にしている」という言葉には、確かに違和感を覚える。そこに創作や演出があるのかという疑問が湧いてくる。

『ゆきゆきて、神軍』は、ベルリン国際映画祭でもロッテルダム国際映画祭でも「ドキュメンタリーなのか?劇映画なのか?」と質問を受けたと原監督は明かす。

「いまのドキュメンタリーへの議論すべき重要な問題だと思う。一時期、日本でもドキュメンタリーとドラマを分けるのはおかしい、同じ映画として考えたほうがいいという議論が盛んになった時期があった。いまは静かになっているけど。

『ゆきゆきて、神軍』の場合は、カメラを向けられた主人公が、カメラに向かって演技をしている意識を強く持っていて、彼は自分の映画を作っているつもりでいた。その主人公が演技をしている感覚がドキュメンタリーに影響を与えると劇映画に近くなっていく。

 私はそのときの質問に「この映画はドキュメンタリーです」と答えたが、それから30年が過ぎて、いまの答えは違う。あのときに「これは劇映画です」と返せばよかったと後悔している。

 観客からすると、あれは演技として感じ取れるから笑えてしまうんです。だから僕としても映画を見て笑ってほしい。

 私の感覚ですが、いまの作り手は、ドキュメンタリーとフィクションを分けるのではなく、融合するという考え方でドキュメンタリーを作っている人が増えている。

 撮影に15年かかった『水俣曼荼羅』は、水俣病患者のだれもが映画を歓迎してくれるわけではないなか、カメラの前で語ってくれる人、映画的におもしろい人を探さなくてはいけない。まずこういう考え方、生き方をしている人がいるという情報を集めて、会ってみて私が納得しないとはじまらない。

 そこから、この人の生き方をシーンにしてストーリーを作っていけるかと考える。そこで「いける」と判断したら、相手の人にこういう物語として撮りたいんですけどやりませんかと交渉する。

『水俣曼荼羅』は、物語のなかに悲しみ、苦しみ、怒りを感じ取れる作りにするイメージを先に作って、そのイメージに沿って撮影していった。その撮り方は劇映画と同じと考えたほうがわかりやすいのではないでしょうか。

 喜怒哀楽がストーリーとして描かれているから共感したり、感動したり、反感を持ったりして、観客はスクリーンとコミュニケーションする。見た人と描かれた人の生き方を相照らしながら、映画を見ることが成立する。

 観客は自分の生き方に影響を与えてくれるような物語を見たい。だから私はいつも物語を作りたいと考えていて、物語として成立するように編集でそれを際立たせて整理する。一方、撮った映像を編集室で見て、こういう物語ができると発見する場合もある。両方のケースがあります」

ドキュメンタリーとフィクションの線引き

質疑応答では20代と見られる女性たちが多く手を挙げる。その勢いと熱意にモデレーターは原監督に指名を託そうとする一面もあった(画像提供:BIFF2023)
質疑応答では20代と見られる女性たちが多く手を挙げる。その勢いと熱意にモデレーターは原監督に指名を託そうとする一面もあった(画像提供:BIFF2023)

 トークイベントの最後の質疑応答の時間に、20代の女性からドキュメンタリーとフィクションの線引きについて質問が上がった。

「ジャンルとしてはドキュメンタリーだが、カメラを向けると相手は演じる。その意識が強いと観客はフィクションではないかという印象を持ってしまう。ただ、観客がそう感じることを批判的にネガティブに考えることはない。

 人は現実社会のシステムに縛られて生きている。しかし、社会に縛られていると気づいたときに、そのシステムを壊して自由になりたいという意識を持つはず。どんな生き方が自分にとって自由なのか。苦しいから余計に自由なイメージを強く持つ。

 自由に向かって自分がこういう生き方をしたいという欲望を持ったとき、そのイメージがフィクションであり、その人にとって必要なエネルギーになる。だからその生きていこうとする力そのものがイメージであり、虚構。生きていくために必要なエネルギーとしての虚構という考え方につながっていく。

 是枝(裕和)くんは、ドキュメンタリーを撮っていたから、その手法を劇映画に持ち込むことができる。彼が考える人間関係や家族などそれぞれの自由をイメージして劇映画にしている。問題は、どの手法で描けばリアリティのある社会の問題を描き出せるかということ。彼の映画はいい人ぶっているから私はあまり好きではない(笑)。私から見ると違うと思うこともある」

53年ドキュメンタリーを撮って辿り着いた答え

 最後に原監督は、53年ドキュメンタリーを撮ってきて辿り着いたひとつの答えを話した。

「いままで8本の映画を作って、いろいろな人にカメラを向けた。その撮ってきた主人公を思い浮かべると、この主人公たちは私自身だと思う。不思議なもので、映画にして作品にすると、この人は自分だという感覚を持つ。

 それは自分を投影するように作品を作っているということ。他人にカメラを向けながら、そこで表現しているのは自分自身なんだと長くやっていると気づく。

 また、ドキュメンタリーを作るときには、ある映画を目標にして、それよりはるかにおもしろい映画を撮ると決意して取り組む。この映画の場合はどの映画を目標にしたかを読み解ける人がいたら、評論家として天才だと思う。私の場合、『水俣曼荼羅』は小津安二郎の映画を目標にしていた」

 予定の2時間をオーバーして話し続けた原監督は、締めの言葉でこう語って会場を和ませた。

「本当はもっとドキュメンタリーについて多くを語りたい。5月に中国の上海に呼ばれたときは、マスタークラスで8日間の日程だった。2時間では語り足りません(笑)」

 78歳の原監督に質問したくて必死に手を挙げていた韓国の20代の若者たち。ほんの一部の人しか監督と言葉を交わせなかったが、2時間を通して原監督の言葉に目を輝かせていた姿が印象的だった。偉大な映画人を前にした興奮の熱量とリスペクトの念に満たされた会場は、心地よくもうらやましく感じる場であった。

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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