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映画界への挑戦<前編>シネコン、ミニシアターと競合しない新たな劇場全国チェーンへ

武井保之ライター, 編集者
居心地のよさを追求した内装設計で自由なスタイルで映画を楽しむ/提供シアターギルド

 独自開発した音響技術をもとに、シネコンともミニシアターとも異なる視聴体験を提供する新たな映画館を東京・代官山に設立。その先に全国100館、アジアへのチェーン展開を目指すのがシアターギルド社だ。これまでにも映画チケット共同購入サービスで成功している起業家の五十嵐壮太郎社長に、映画館運営への挑戦と勝機を見出したアイデアを聞いた。

■低コストかつ出店可能地域が広がる新たな発想の映画館

 特許取得した世界初のヘッドフォン劇場システム「サイレントシアター(R)」を実装した会員制映画館・シアターギルド代官山(会員登録無料)。会員は映画館で鑑賞料金を支払い、独自開発の専用高音質ヘッドフォンを着用。ソファーやテーブル席などで自由なスタイルで映画を楽しめる。鑑賞料金は上映作品によって異なるが、2000〜2500円が中心になる。

 シアターギルドの特徴は、建築基準法により従来の映画館設計で必須となる防音設備や座席固定が不要になり、低コストかつ出店可能エリアが広がること。さらに、常設の映画館だけでなく、商業施設の既存テナントや屋内外のイベント会場などへのテンポラリー映画館の設営にも同システムは活用できる。

 街のあらゆる場所を映画館に変え、これまでとは異なる劇場体験を提供する映画館チェーンとして、国内だけでなく世界進出まで視野に入れる。そんなシアターギルドの企画アイデアから事業化までを手がけた五十嵐氏には、幼少期からの映画愛がある。

■ネットサービスの成功を経て2回目の起業

「原体験と呼べるきっかけは、父の仕事の関係でパリのバスティーユに家族で生活していた小学生の頃です。住んでいたアパルトマンの1階が小さな映画館で、父親にいつも連れられて、通っていました。そこは国籍や人種、文化も異なる多種多様な地元の人たちが集まる憩いの場になっていて、とても好きでした。そこで世界の多様性や豊かな感情に触れ、なんでもない風景が鮮やかに変わっていくのを何度も体感して。それが、いつか『映画館を作りたい』という思いにつながっていきました」

 日本で大学を卒業後、五十嵐氏が最初に入ったのは広告業界。博報堂の出版コンテンツ事業部で、出版社などメディアをクライアントとする媒体枠の取り扱いのほか、新メディアの立ち上げやイベント企画などを手がける。そうしたなか、新たな時代の流れを肌で感じるとともに、自らも動き出した。

「ツイッターやナップスターといったプラットフォームビジネス、ファイル交換サービスが出始めたのが、入社3年目くらいの時期。インターネットに可能性を感じて、プログラミングに夢中になりました。当時の勢いで、次の確たる構想がないまま退職したんですけど(笑)、映画館に通い詰めて、少しずつ映画関係者とのネットワークも広がって業界の内情を理解していきました。そして『昔の作品を観たい映画ファンを集めて映画館で観る』オンデマンド映画チケット共同購入サービスとして開発したのがドリパスです」

■映画館とテクノロジーをかけ合わせて行き着いたプロジェクト

 ドリパスは、ユーザーの観たい作品のリクエストをオンラインで可視化し、期間内に一定数の集客があれば上映が成立する条件付きのチケット販売。与信仮押さえを可能にしたサービスになる。リスクがないことからほぼ全国のシネコンで導入され、瞬く間にビジネスとして軌道に乗るが、五十嵐氏は2013年に同サービスをヤフーに売却。今年でローンチから11年目になり、現在は東宝が運営している。

「その頃はプログラムを自分で書くIT系起業家でした。ドリパスはひとつの自己実現を達成できたし、映画ファンにとって意義のあるサービスが作れた自負もあるんですけど、インターネットの真価は海外とつながってグローバルにビジネスができるところ。その部分でドリパスは、起業家としての課題感を残しました」

「これだけプラットフォームビジネスがアメリカに奪われているなか、プログラムだけでは世界で戦えない。では、日本のお家芸ってなんだろう。それを活かして、若い世代がどうオリジナリティを発揮して世界に出ていくか。あらゆる起業家や経営者がそれを考えていますが、自分なりのチャレンジは、映画館という昔からあるフォーマットとテクノロジーをかけ合わせて何ができるか。それまでの知見にアイデアをプラスして、これならいけるというひとつの仮説として行き着いたプロジェクトが、シアターギルドです」

◆映画界への挑戦<後編>へ

参入障壁を乗り越え他業種協業も視野に入れる新形態映画館、海外投資家が注目する新たな映画ビジネスの可能性

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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