Yahoo!ニュース

ガザでの戦闘:戦場はもっと広くて深い~アメリカ、イギリスによるイエメン攻撃の意義と展望

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:REX/アフロ)

 2024年1月12日、13日、アメリカとイギリスがイエメンのサナア、フダイダなどにあるフーシ派(蔑称。フーシー派、ホーシーなども同様。正式名称:アンサール・アッラー)の諸拠点を攻撃した。これに先立ち、アメリカとイギリスは日本を含む10カ国で「世界の貿易の柱石をなす自由航行への直接の脅威」として、アンサール・アッラーに対し紅海やバーブ・マンダブ海峡での船舶攻撃をやめるよう要求する共同声明を発表していた。また、2023年12月下旬には、アメリカ、イギリス、バハレーン、カナダ、フランス、イタリア、オランダ、ノルウェー、セイシェル、スペインを発足当初の参加国とする多国籍同盟「繁栄の守護者」が結成されていた

 一方、アンサール・アッラーは、2023年11月からイスラエルによる攻撃と封鎖によってガザ地区の人道状況が著しく悪化したことを受け、攻撃や封鎖をやめさせると主張して「イスラエルの船舶、イスラエル企業が運行する船舶、イスラエル企業が所有する船舶」を攻撃すると発表し、実際に拿捕や攻撃を行った。さらに、アンサール・アッラーは、アメリカなどが紅海、バーブ・マンダブ海峡での「船舶警護」に乗り出すと、これをイスラエルを護衛することとみなし、「船舶警護」に従事する船舶をも攻撃するようになった。

アンサール・アッラーの装備

 今般のアメリカ、イギリスの攻撃は、アンサール・アッラーが船舶を攻撃する能力を破壊するためのものとされているようだが、そうした能力や装備は2023年10月7日にハマース(ハマス)が「アクサーの大洪水」攻勢を開始してから付焼刃的に導入されたものではない。2024年1月12日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、AFPの報道を基に、アンサール・アッラーが2014年以来航空分野を中心に強力な軍事力を開発してきたと報じた。それによると、アンサール・アッラーは2014年にイエメンの首都サナアとその周辺をはじめとする地域を制圧し、制圧地にあったイエメン軍の施設と装備を入手した。同派には、ミサイル(またはロケット弾)、装甲車両、無人機を製造する能力がある。また、アンサール・アッラーは、2016年にサウジのマッカ州2019年にサウジのブカイク2022年にはUAEのアブダビを攻撃したことがあり、攻撃には弾道ミサイル、巡航ミサイル、無人機が使用されている。また、アンサール・アッラーは、2023年10月以降イスラエルに対しても弾道ミサイルなどで攻撃を実施したと発表している。

 アンサール・アッラーが保有する弾道ミサイルには、「トゥーファーン」と呼ばれるものがある。これは、イスラエルを攻撃するために使用したものとされ射程距離は1600~1900kmである。実はこの弾道ミサイル、「カドル」と呼ばれていたイランの弾道ミサイルを改称したもののようだ。「カドル」の命中精度は高くないと考えられているが、イランは2016年に同型ミサイルで1400km先の対象を攻撃する実験を行っている。アンサール・アッラーは、イラン製の「クドゥス」シリーズの巡航ミサイルを使用しているようだ。同派は、2020年と2022年に、1000km以上離れたサウジやUAEの目標を「クドゥス2」で攻撃しており、同シリーズの射程距離は少なくとも1650kmと考えられている。無人機としては、イラン製の「シャーヒド136」や、「サマード3」のような自爆ドローンを保有しており、これらは、1600kmは飛行可能だ。自爆ドローンは、GPSによって誘導されて標的に自動で飛行する。なお、「サマード3」は、18kg爆発物を搭載可能とのことだ。

攻撃の意義と展望

 それでは、今般のアメリカとイギリスによる攻撃は、上記のアンサール・アッラーの攻撃能力を破壊しつくすようなものだったのだろうか?2024年1月13日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)の分析では、そうではなかったようだ。報道は、今般の攻撃には、地域情勢の展開をガザ地区の情勢と切り離すこと、紛争の拡大を望まないもののアメリカの権益への脅威に受け身の対応をしないこと、とのメッセージが込められていると指摘した。また、攻撃がミサイル発射拠点やレーダーサイトに限定されたこと、人的被害が少数だったこと、イランが地域に展開していた軍艦を事前に撤収させていたことなどを理由に、双方の交戦は「既存のルール」の範囲内だったとの分析も紹介した。事態が変わりうるのは、アンサール・アッラーによる船舶への攻撃が、アメリカ、中国、ロシアなどの域外大国の権益を脅かす場合だそうだ。

 もちろん、筆者も以前からアメリカ、イスラエルと「抵抗の枢軸」の側とでは戦力の差がありすぎ、後者が前者との全面対決を望むとは到底考えられないという見解だ。しかし、上記の報道のような「メッセージ」が円滑にやり取りされるかについては楽観できない。というのは、アンサール・アッラーが紅海、バーブ・マンダブ海峡での船舶攻撃・拿捕を行う理由はイスラエルによるパレスチナでの攻撃や封鎖であり、この問題を地域での他の紛争・衝突と別個のものとして扱うのは難しいからだ。実際、シリア、レバノン、イラクなど紛争周辺国は今般の攻撃への反応で、「問題の真の原因に対処すること」と主張した。

 さらに難しいのは、問題がイスラエルによる現在の破壊と殺戮、ひいては同国による侵略と占領が国際的に何のとがめだても受けずに放置されていることを是認し、これを支援するのか、という問いに当事国がどうこたえるかというものになっていることだ。一見もっともな理屈である「国際航路の安全確保」を名分にアメリカ、イギリスへの支持を表明することは、実は極めて評判の悪いイスラエルの振る舞いを支援し、同国を警備することだと解釈されかねない。本邦を含む当事国には、この問題への態度表明が少なくとも当事国の一部とその世論からの心証を著しく悪化させかねないことを意識した行動や対策が必要となる。分析や観察の分野では、問題をイエメン、アンサール・アッラー、紅海やバーブ・マンダブ海峡に局限し、現在の中東の紛争全体の流れから切り離すかのような対策や「ストーリー作り」によって事態が改善する可能性は低いということに留意すべきである。それに際し、いつまでもこの問題の当事者を蔑称で呼称し続け、なぜ彼らがこの世に存在するのか、彼らが何を求めているのかについて一顧だにしないことが、分析と観察のために有害だということを改めて指摘しておきたい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事