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パレスチナ:一方的に殲滅される抵抗運動

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年5月9日、イスラエル軍によるガザ地区への爆撃により、パレスチナ・イスラーム・ジハード運動(PIJ)の幹部3人が殺害された。これを直接の契機として、ガザ地区からのロケット弾発射、イスラエル軍によるPIJ幹部の暗殺が激化した。これまでのところ、ガザ地区から発射されたロケット弾の数はイスラエルを脅かすほどのものではない一方で、わずか数日の間にPIJの軍事部門であるサラーヤー・クドゥス(エルサレム隊)の幹部が9日の死者も含めて6人暗殺された。PIJはパレスチナの反イスラエル抵抗運動の組織としては著名団体だが、少数精鋭主義をとり大衆を動員して活動することには関心が低いので、武器や装備の備蓄や人員の勧誘や訓練という観点からはかなりの大打撃を受けたのではないかと思われる。

 パレスチナ諸派は、一応合同作戦室を結成し、「自由人の復讐」作戦と称して数百発のロケット弾を発射した。また、ヨルダン川西岸の被占領地でも抗議行動などが組織され、武力衝突も相次いでいる。しかし、イスラエルによる暗殺の標的がPIJの幹部に限られていることから、ガザ地区を支配するハマースをはじめ、諸派の動きは活発には見えない。サラーヤー・クドゥスは司令官級も含む幹部の暗殺に怒り心頭で、テルアビブやエルサレム付近の入植地にもロケット弾を発射しているが、それ以外の諸派は自派の名前を出して攻撃を行ったり、自派がイスラエルの標的とされるような行動をしたりするのを控えているかのようだ。ガザ地区での「与党」の立場を守ることが唯一最大の目的となっているハマースをはじめ、反イスラエル武装抵抗運動諸派も自らの党派の利益を最大化することが党派の振る舞いとしては合理的なものだ。

 しかし、現在の状況は、アラビア語を学習する結構初期の段階で習う「アラブのおはなし」や「アラブのことわざ」の教材としては著名なはずの、3頭の牡牛のおはなしをそのままなぞるかのような自滅ストーリーに見えてならない。3頭の牡牛のおはなしとは、以下のようなおはなしだ。森に赤、黒、白の3頭の牡牛が住んでいた。3頭は、彼らを襲おうとするライオンに対し常に団結して戦い、ライオンを撃退していた。しかし、ある時ライオンは赤牛、黒牛に「お前たちには手出ししない」と約束し、白牛を見捨てさせることに成功した。ライオンに襲われた白牛は仲間を呼ぶが、赤牛、黒牛は現れず、白牛はライオンに食い殺された。次いで、ライオンは「これが最後だから」と言辞を弄し、赤牛に黒牛を見捨てさせる。こうして、黒牛もライオンに喰われてしまった。後日、ライオンは何の憂いもなく赤牛を襲うわけだが、頭の鈍い赤牛は、ここに至ってようやく事態を理解してつぶやく。「ああ、私は白牛が喰われた日に、既に喰われていたのだね」。

 パレスチナを含むアラブ・イスラエル紛争でのアラブ側の歴史は、まさにこの3頭の牛のおはなしの焼き直しのようだ。時には国家、時には抵抗運動組織は、諸当事者の甘言にからめとられたり、個別の利害を「合理的に」判断したりして次々と戦線を離脱した挙句、紛争はもちろん、地域・国際場裏でも無力な存在に過ぎなくなった。近年のイスラエルによる攻撃で、PIJだけが一方的にぶちのめされている様は、他の牛に見捨てられた白牛を見るようだ。もっとも、イスラエルと比べればパレスチナの諸派はあまりにも弱いので、彼らを牛に例えるのは牛に失礼にあたるだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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