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パレスチナ:イスラエルの警察がアクサーモスクに突入

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年4月5日未明、エルサレムのアクサーモスクにイスラエルの警察が突入し、中にいた者たちと衝突した。イスラエルの警察は、騒乱を起こした容疑者を追跡したところ、容疑者らがモスクとそこで礼拝していた者たちの中に入ったとのことだ。衝突の結果、イスラエルの警察は350人を逮捕した。この事件は、現在世界中のイスラーム教徒(ムスリム)が断食月(ラマダーン)期間中の謹行や祝賀ムードにいるところでいかにも時宜が悪いものに見える。現在は、ラマダーンとユダヤ教の過ぎ越しの祭り、キリスト教のイースターが重なる時期だそうで、衝突や緊張はあたかも宗教的な動機に基づくものであるかのように感じられるかもしれない。

 一方、ここ数年パレスチナの情勢は常に悪化し、常時何らかの情勢激化・悪化につながる事件が続いていた。また、イスラエルの側でもユダヤ人の過激派勢力によるアクサーモスク攻撃扇動やヨルダン川西岸地区での入植活動やパレスチナ人への暴行も相次いでいたし、司法制度の改変を巡る大規模反政府抗議行動が継続するなど、イスラエルの内政での緊張も高まっていた。その上、3月31日~4月4日の短期間に4回もイスラエルによるシリアへのミサイル攻撃が行われており、これらのいくつかは明らかに宗教心や宗教的な祝祭とは無関係のものだ。祝祭期間中で諸当事者が過敏になっていたり、意図的に相手方を挑発しようとしたりしていたことには当然留意すべきだが、衝突や情勢悪化の全てを宗教によって理解・説明するのは無理があるということだ。

 焦点は、今後事態がさらに大規模な衝突や軍事的な交戦に発生するか否かである。既に、5日中にはガザ地区からのロケット弾発射とそれに対する「報復」と称するイスラエルの爆撃が発生している。興味深いのは、ロケット弾発射についてハマースやパレスチナ・イスラーム聖戦運動(PIJ)のように「当然そうすべき」抵抗運動諸派のいずれもが自らの作戦だと発表していないことだ。ハマースもPIJも、アクサーモスク防衛のための集結を呼びかける一方、自派による軍事行動には消極的だ。その原因は、両派も含むパレスチナ諸派とイスラエルとの実力の差が明白であり、下手に本格的な衝突に及んでもろくなことがないということがある。また、パレスチナの反イスラエル抵抗運動は近年壊滅状態といっていい程凋落しており、ハマースにせよPIJにせよ、他の諸派が擁する武装抵抗部門にせよ、パレスチナ人民のためになることをする実力はないことも重要な理由だ。実際、最近のパレスチナ人によるイスラエルへの攻撃や武装抵抗は、組織的背景を明らかにしない(或いはあっても明らかにできない)個人によるものか、既存の組織に飽き足らない者たちが結成したとみられる新しい団体名を用いるものがほとんどだ。

 近隣諸国や国際社会の反応も、「例によって」事態の打開や根本的な改善の道を開くかという観点に立てばほとんど期待できない。無論、諸当事者はイスラエルへの非難やこれ以上衝突激化を防ぐ呼びかけなどを発信してはいるが、特にイスラエル側の行動を抑えたり問責したりするための実効的な手立ては誰も持っていない。そうなると、あくまで「パレスチナ側とその周辺に実力がないから」という理由で、今後の情勢は「たいして」悪化しないという見通しを立てることもできる。しかし、繰り返すがパレスチナ人民の状況は今般の衝突を待つまでもなく「極めて悪い」のである。圧倒的に劣勢なイスラエルとの対峙をあたかも実力が均衡する当事者間の「応酬」であるかのように認識されるとともに、衝突に際し自分たちに与する者はおろかイスラエルを制止する者すらいないという意味で、今のところ事態の悪化を止めることはできそうにない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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