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シリア:ピスタチオの収穫は不振から抜け出せず

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2022年12月22日、シリア農業省のピスタチオ局は、今期のピスタチオの収穫高を4万4947トンと発表した。発表によると、シリア国内には5万7000ヘクタールの畑に940万本のピスタチオの木が栽培されているそうだ。収穫されたピスタチオのうち3336トンが輸出されたが、おもな輸出先は、サウジ、ヨルダン、エジプトである。

 農業省は、2030年までにピスタチオの栽培面積を10万ヘクタールに拡大すると計画しているが、その前途は甚だ心細い。というのも、筆者はシリアのピスタチオの収穫高については、2020年2021年にそれぞれ駄文を書いたが、過去3年間ピスタチオは不作と言っていい状態だ。豊作だった2019年にはおよそ18万トンの収穫があったが、2020年には3分の1以下の5万トン強、2021年と2022年は5万トンにも達しなかった。ピスタチオは、技術的には「隔年効果」が現れやすい果樹で、栽培する側が丹念に管理しなければ豊作の年と不作の年を繰り返すそうだ。しかし、シリアのピスタチオの不作は3年連続のことだ。不作の原因には近年の降水不足が考えられるが、それだけでは話は済まない。

 紛争の結果、ピスタチオの栽培に従事する人員や設備が不足していることも考えられるし、「イスラーム国」の様に敵の制圧地の畑に放火することを「戦果」と主張する当事者もいる。また、重要なのは、シリア政府の制圧地では燃料不足が深刻化しており、ガソリンや暖房用燃料の供給不足により社会が緊張している。当然ながら、ピスタチオをはじめとする農作物の生産に用いられる燃料の供給も滞っているため、そもそもシリアで農作物の生産高が増える、ということは期待しにくい。燃料不足には、シリアに対する西側諸国などの経済制裁や、ウクライナでの紛争に起因する資源価格の高騰、シリア領を不法占拠するアメリカ軍によるシリアの石油の持ち出しなど様々な原因があるが、いずれもシリア単独で解消できるものではない。特に、経済制裁が「困窮して不満を強めた人民が現政府の打倒に立ち上がる」ことを期待して科されているのならば、制裁が解除・緩和される見通しはほとんどない。

 かねてから予想してきたとおり、シリアの農業は生産に必要な人員も設備も燃料も不足がちな中、長期的な低落傾向から脱することができていない。ピスタチオの収穫高の観察は、シリアが紛争から立ち直る過程の観察ではなく、シリアの経済・社会の不振と低落の観察という、陰鬱な作業となっている。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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