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シリア:ピスタチオの収穫高はシリアの未来を映す

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 シリアのピスタチオは、現地で「フストゥク・ハラビー(=アレッポのピスタチオ)」と呼ばれ、シリアの人民はその量・質とも世界的な産物として大いに誇っている。紛争前のシリアの市場の販売店で、イランやアメリカで産出したピスタチオとの優劣を語らうことを通じて、アラビア語の練習をしただけでなく、望外の割引やサービスを受けることができたのは、まさにぺーぺーだった時分の筆者のいい思い出だ。しかし2020年9月5日付のシリア紙は、今期の収穫高が昨期の30%にも満たないとの深刻な数値を報じた。報道によると、今期の収穫高の見通しは5万1400トンで、昨期の17万8000トンに遠く及ばない。その結果、最近のシリア・ポンド(SP)の対ドル相場の暴落を受けた物価の高騰もあり、ピスタチオの値段は1kg6000~6500SP、場合によっては1万5000SPにまでなったそうだ。ピスタチオは、紛争、経済制裁、中国発の新型コロナウイルスに流行に伴う往来の閉鎖などの下にあるシリアにとって、数少ない輸出品の一つである。

 今期のピスタチオの収穫高の減少、実は技術的には「隔年結果」と呼ばれる果樹生産上の現象の結果に過ぎないとも思われる。「隔年結果」とは、果樹の種類によっては花や果実の多い年とそうでない年を繰り返す自然現象だそうで、実際シリアのピスタチオの収穫高は2018年は5万6000トン、2019年は17万8000トンで推移しており、この「隔年結果」を見事に反映している。長年シリアの諸事情を観察した結果としても、紛争前の2008年の段階でシリアのピスタチオの収穫高は年間5万~8万トンということになっているので、今期の収穫高はそんなに悲観的なものではないようにも思われる。その一方で、「隔年結果」は果樹の管理によってある程度制御が可能な現象であり、農地や果樹への世話の程度が落ちる粗放的な生産形態になるほどたくさん収穫できる「表年」とそうでない「裏年」の差が大きくなるようだ。

 ということは、紛争の結果農地の世話をする人手が減ったり、農地の灌漑が疎かになったり、農地に投入する肥料や農薬の調達が困難になったりして、シリアの農業経営が粗放的になるほど、シリア名産のピスタチオの収穫高の年ごとの波は激しくなることが予想される。シリアは、紛争でピスタチオ以外の農産品の収穫高が激しく変動するという困難に直面している。例えば、2018年秋~2019年春にかけては、ダマスカス郊外で砂漠に生えるキノコが大豊作だった。これは単に降水量やキノコのご機嫌だけでなく、ダマスカスとその周辺からイスラーム過激派が一掃され、人民の往来を監視する検問所が減ったり、キノコが生える砂漠で活動していたイスラーム過激派が減ったりして、人民がキノコ狩りに出かけやすくなったという、極めて政治・軍事・社会的な理由の結果である。ということは、シリアに対する欧米諸国の制裁の動向や、シリア紛争の諸当事国の行動によって、シリア人民の食卓は甚大な影響を受けるということだ。

 要するに、別稿で述べた通り、農業生産や食料供給の問題はシリアに限らず各国の政情や国際関係を反映し、それを左右する問題である。にもかかわらず、この種の地道な観察や分析をしている機関や専門家の層は世界的にも厚いとは言えず、何か「オイシイ」ネタや政治的な動機があった時だけ表層をなぞる浅薄な憶測が氾濫しているのが実態である。考古学・文献史学・思想・インテリジェンスなどそれぞれ尊重すべき分野の専門家でも、分野を越えた建設的な議論や情報交換とは縁遠いポジショントークやネタ転がしの場として時事問題の解説をしても生産的ではないし、筆者はそういうのはしたくないと思っている。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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