Yahoo!ニュース

「イスラーム国」の自称カリフに各地から忠誠表明が寄せられる

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:イメージマート)

 「イスラーム国」の自称カリフのアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーが、恐らくは2022年10月15日にシリア南部のダラア県でシリア軍とその仲間の民兵の作戦により死亡した。「イスラーム国」は11月末に発表した報道官の演説で先代の自称カリフの死亡と、新カリフのアブー・フサイン・フサイニー・クラシーの擁立を発表したのだが、ここで注目すべきは、世界各地にある「イスラーム国」の「州」がどの程度この発表に呼応して新しい自称カリフへの忠誠を表明するかだ。各地の「州」からは続々と忠誠発表の画像が寄せられ、2022年12月8日に出回った「イスラーム国」の週刊の機関誌によると、イラク、シャーム、西アフリカ、中央アフリカ、サヘル、モザンビーク、ソマリア、イエメン、インド、ホラサーン、パキスタン、チュニジア、レバノンの13の地域で活動する「イスラーム国」の仲間たちが忠誠を表明したことになっている。忠誠を表明した「州」の数や分布もさることながら、各「州」が発表した画像には、人員・車両・装備をたくさん動員した「州」、多くのグループによる忠誠発表を逐一画像として発表した「州」、どこで誰が活動しているのかについての情報を極力隠蔽した画像を製作した「州」など、「州」毎の活動状況が示されている。画像からは、これまでも「イスラーム国」が放任されて勢力を伸ばしていると指摘した西アフリカ、サヘル、中央アフリカ、モザンビークの各「州」により、複数のグループが多数の人員や装備を動員した画像を発表して勢力を誇示した。また、久しく活動が絶えていた「レバノン」からも忠誠表明の画像が寄せられたことも注目すべき点だ。

 その一方で、上で列挙した「州」の名前を眺めていると、かつて「イスラーム国」の看板として大いにもてはやされた同派の「思想」なるものがもうほとんど用をなさないこともよくわかる。また、現場で活動し「州」として名乗りを上げる構成員たちが、「イスラーム国」の「思想」なるものをほとんど意に介していないこともよくわかる。2014年~2015年頃にかけて「イスラーム国」が流行した際、同派は世界中にある領域国家、国民国家を隔てる国境を超越・破壊し、カリフの下イスラーム共同体を統合・拡大していく存在であるかのように認識された。つまり、一部の論者には、「イスラーム国」の活動やそれを支える「思想」は、現在の国際関係やその構成単位である国家の在り方に根本から挑む「歴史的挑戦」に見えたのだ。実際、イラクとシリアにまたがる広域を占拠し、両国間の国境通過施設や国境の土塁や鉄条網を撤去する「イスラーム国」の広報動画は、イスラーム過激派のあるべき姿を示すものとして支持者やファンに大うけした。筆者としても、東アラブ地域の国際関係の基底としてアラブ民族主義やイスラーム主義がその克服を目指し(そしてことごとく失敗した)「サイクス=ピコ体制」への挑戦としての「イスラーム国」の意義を否定するわけではない。しかし、そのような「イスラーム国」の営みは何年もしないうちにたちまちぼろを出し、空洞化していった。

 当初はイラクとシリアの各地に、それまでの行政区画の名称や範囲を無視した「州」を設定した「イスラーム国」だったが、2018年頃までには既存の国家を単位とする「イラク州」と「シャーム州」に再編された。同じころ、イスラーム過激派にとっては憎むべき人工国家そのものである「パキスタン」という名称を冠し、既存のパキスタンを活動範囲にする「州」が現れた。また、2019年4月末に出回った、当時の自称カリフのアブー・バクル・バグダーディーが各「州」の状況について報告を受け、指示を出すという広報動画には、イラク、シャーム、ホラサーン、西アフリカ、シナイ、ソマリア、イエメン、中央アフリカ、カフカス、チュニジア、トルコという「州」毎のファイルが映し出されていたのだが、既存の国家を無視した活動範囲と名称を帯びる「州」は辛うじて過半数を占めるに過ぎない。最近出回った新しい自称カリフへの忠誠表明を発表した13の「州」のうち、既存の国家の枠内に収まるものは半数以上の8に上る。既存の国家を超越して活動しているかに見える西アフリカ、サヘル、中央アフリカについても、それが「イスラーム国」の「思想」とやらを体現しているとは限らない。何故なら、「西アフリカ州」と「サヘル州」は近年分割されたのだが、人工国家・国境を超克してイスラーム共同体を拡大する、というのならば、この二つを同格の「州」として並立されるのはなんとも格好が悪い。「中央アフリカ州」も、本来はコンゴ民主共和国とモザンビークの活動を担当していたが、これも近年既存のモザンビークを単位とする「モザンビーク州」が一本立ちした。今のところ、「中央アフリカ州」にも「モザンビーク州」にも、活動地とその周辺にある既存の国家を薙ぎ払ってカリフが統べるイスラーム共同体へと再編するほどの意欲は見られない。

 つまり、新しいカリフへの忠誠表明を発表した「州」の名称や分布を眺めていると、「イスラーム国」の組織の上で、いつの間にか既存の国家を単位とする組織づくり、構成員の動員が主流となっているのだ。運動が拡大していくに従い、その運動が掲げる思想・信条・政策を理解する意志も能力もなく、運動に参加することで得られる報酬などの利得が目的でこれに加わる者が増加するのは、政治運動・社会運動全般にみられる現象だ。そのように考えると「イスラーム国」もすっかり既存の運動の一員となったということができるだろう。また、上記の様に「思想」が形骸化し、「イスラーム国」という名前だけが身近な異教徒や背教者の殺戮を正当化する看板としてのみ存続しているという筆者の確信はますます強まるのだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事