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シリア:シリア民主軍への抗議行動が続く

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 シリア北東部のハサカ県カーミシリー市では、クルド民族主義勢力による「自治」当局やシリア民主軍(SDF)への抗議行動が続いている。抗議行動の要求事項は、過日紹介した年少者の強制徴兵の停止だけでなく、生活状況やサービスの改善、小麦の配給量の増加、小麦の価格引き下げへと広がっているほか、ハサカ県だけでなくその南東隣のダイル・ザウル県へと地理的にも拡大している。

 ハサカ県での抗議行動には、SDFの政治部門である「民主統一党(PYD)」に対抗し、「自治」当局に対する「野党」のような役回りを演じる「クルド愛国評議会」の活動家も参加し、クルド民族主義勢力が占拠する地域における党派争いの様相も呈している。また、この抗議行動に対し、「自治」当局の警察機関である「アサーイシュ」が「無許可の抗議行動である」と称して参加者を解散させ、抗議行動が行われていたカーミシリー市内の国連の事務所へと至る通りやそこから分岐する小路を封鎖し、封鎖対象地域の住民に外出も帰宅も許さなかったそうだ。また、「アサーイシュ」は、抗議行動を取材していた「アラビーヤ」、「ロシア・トゥデイ」、「ルダオ(=クルド地区の著名報道機関)」の者を含む6人の記者らを2時間にわたり拘束した。こうした行動に対し、「クルド愛国評議会」はSDFを支援するアメリカとその同盟国、および人権団体に対し、PYDに対し「評議会」の構成員や支持者に対する侵害行為をやめるよう圧力をかけることを求めた。「評議会」は声明で、PYD傘下の青年組織「革命青年団」による脅迫行為や年少者の強制徴兵・連れ去りを非難した。

 一方、同じくSDFが占拠するダイル・ザウル県東部でも、「自治」当局やSDFに対する抗議行動が発生した。抗議行動の参加者は、SDFが「テロ容疑」で逮捕した者の釈放、生活・サービス状況の改善、「自治」当局が25%削減を決定したダイル・ザウル向けの小麦の割り当ての増加、地元の行政機関で汚職をなす職員の問責を要求した。ダイル・ザウル県では、製粉所のストライキも続いている。ダイル・ザウル県で抗議行動が広がっている諸都市・村落では、SDFがアメリカ軍の支援を受け「イスラーム国」の潜伏細胞の摘発作戦が行われているそうだ。抗議行動の要求の一つがこの作戦での逮捕者の釈放であることから、抗議行動の広がりはアメリカ軍や「イスラーム国」対策とも無縁ではない。

 クルド民族主義勢力が占拠する地域における最近の抗議行動は、地域の情勢に関心を持つ者に対し以下の諸点を気づかせてくれるものである。第一に、「シリアにおけるクルド民族主義勢力」といっても、その中には様々な利害関係や党派があり、皆がPYDやSDFを支持し、これらの勢力による「兵役」に喜んで応じるわけではないということだ。これは、先の稿でも指摘したとおり、「クルド人」という集団を単一の社会集団や政治勢力として単純化してはならないということを意味する。第二は、SDFという非国家武装主体が、制圧する地域の住民に対し強制徴兵を行っているという点である。非国家武装主体が領域を占拠した場合、どのような形態になるかはさておき何らかの形で地域の住民と関与し、彼らを「統治」しなければならない。住民を「無視」するという関与の仕方もあるが、大抵の非国家武装勢力は住民から資源を調達するため、住民の反抗を防ぐためになにがしかの物的・行政上のサービスを提供するほうを選ぶ。このような状況下で強制徴兵が行われそれに対する抗議の声が上がるということは、SDFが制圧下の住民から十分な支持や資源を調達できていないことを示唆している。また、特に子供の強制徴兵は、領域を占拠する非国家武装主体と制圧下の住民との関係を悪化させる要因の代表例でもあることにも注目を要する。第三は、SDFや「自治」当局が、抗議行動に対し暴行・脅迫・逮捕で応じていることだ。人民の抗議行動に対しこのような態度で臨むことは、シリア紛争勃発前から現在に至るまでのシリア政府に対する非難の主要な論点である。クルド人が多数居住するハサカ県においては、2004年春に発生した抗議行動に対しシリア政府側が治安機関・民兵を用いて暴行・弾圧したことが広く非難されたことが知られている。これが意味するところは、「非国家武装主体の“統治”は、当初彼らが非難し、打倒しようとしていた既存の政府の真似事に終わることが多い」という、非国家武装主体の研究から得られた知見を見事になぞるものである。

 このような事態は、世界中の非国家主体の研究や分析に重要な実例を提供するものである。また、イドリブ県周辺を占拠するイスラーム過激派は言うに及ばず、アメリカやヨーロッパ諸国が支援するクルド民族主義勢力ですら、打倒すべき「悪の独裁政権」であるシリア政府と同様の方法でしか抗議行動・異議申し立て・競合者・敵対者に対応できないところに、シリア紛争が行き着いた救いのない状況が象徴されている。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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