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アフガニスタン:経済危機へのターリバーンの処方箋

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2021年11月20日、アフガン情勢とターリバーンの動向や関心事に興味がある者たちにとっては今や必読の(?)雑誌となった、ターリバーンの月刊機関誌『スムード』の最新号(190号)が出回った。この雑誌、この頃は月の最終日曜日に出回ることが多かったのだが、今般はそれよりも1週間ほど早く出回ったことになる。ターリバーンに限らず、様々な団体の機関誌類を観察することは、各団体の現在の関心事やそれへの対応方針、分派や粛清のような組織内の対立の有無とその顛末を知る重要な手段である。SNSや個々の幹部の発言のような速報性の高い情報の観察も重要だが、事態の展開の中で即興的に発信される情報だけでは、的外れなものや中長期的な展望・考察を欠いたものまで面倒を見なくてはならなくなるので、現在のアフガンの様に政府・経済などなどの制度作りが課題となっている場合、月刊誌程度のまとまった作品を観察する意義が高いと言える。

 『スムード』190号で目を引いたのは、巻頭の論説が「アフガンにおける失業と貧困はいかに克服しうるか」と題する文だったことだ。このことは、ターリバーンにとっても現在のアフガン人民の困窮が重要な問題であり、何らかの対策が必要と認識していることを示す。さらに、この号の末尾には「イスラーム首長国はこの国の経済開発が可能だろうか?」と題する論考が掲載されていることから、この2点の記事を眺めるだけでも現下のアフガンの経済情勢についてのターリバーンの認識と対策を知るヒントが得られそうだ。論説の要旨は以下の通りである。

*アフガンの危機は周知のことであるが、それは現在生じたものではなく、貧困と失業はアメリカによる戦争が残したものの一つである。アメリカの占領下では、アフガンの住民の半数が貧困ラインを下回る生活水準だったが、それはアメリカがアフガンに押し付けた戦争が原因だ。

*現在アフガン人が(生活のため)家具を売ることを強いられているのならば、アメリカによる占領期のアフガン人は腎臓や臓器を売ることを強いられていた。アメリカは民主主義と自由を標榜する一方で、アフガン人民の富を収奪した裏切り者の盗賊為政者を押し付けた。為政者たちは、アフガン人民の富を収奪し、海外に持ち出した。

*占領期に数十億ドルのお金がアフガンにもたらされたのは事実だが、それは元の出所に戻っていったのであり、占領者を支援した者たちしか受益しなかった。

*解放により事態は正常化したため、我々は貧困率が迅速に改善すると予想している。イスラーム首長国は貧困率の上昇に真剣な対策をとる。また、首長国には失業率を低下させる優れた戦略がある。

*アフガンは戦争と占領の後の状況にあり、諸国からの支援の手が差し伸べられなければ自力で立つことはできない。(支援は)アフガンの状況に対する人道的責務であり、全ての国はアフガンへの支援を急ぐべきだ。

*アフガンが人道危機に瀕していることは間違いないが、以下によって危機を克服できる。1.アフガン中央銀行の資産への凍結解除。2.緊急支援の送付。3.内外のアフガン人への雇用機会の提供。4.人道・道徳分野で活動する国際機関による支援の提供。

 一方、巻末の論考はアフガンの経済開発の可能性について、中央銀行総裁の任命、関税の引き下げ、困窮者への援助の配布といった対策をとり、危機をなにがしか改善したと主張した上で、ムジャーヒド報道官の発言を引用し、戦争が終わったことにより国内の歳入で開発予算を賄うことができるとの見通しを示した。それによると、旧政権では国家予算の6割を戦争と治安に、4割をその他の支出に充てていた。また、歳入の4割が主に関税収入だったが、うち2割を職員らが横領していたとのことだ。それ故、この論考は関税収入によって予算を賄うことが可能であると主張した。

 ここまで眺めてみると、政権奪取前に示された経済・社会政策よりも根拠や具体性が増したようにも見える。しかし、問題は政権奪取前に構想されていたと思われる天然資源の公有化や経済活動と宗教的信条との一体化のような開発政策に触れることなく、さしあたり資産の凍結解除や国際的な支援が必要だと主張するにとどまっていることだ。開発予算についての論考でも、ターリバーン自身を運営するために必要だった経費が今後国家予算に組み込まれるのか否か触れられていない。論説では旧政権下でのアフガン人民の困窮を強調しているが、このように前任者の不手際とそれによって生じた被害を強調することは、政権交代、特にアフガンのような革命的な体制転換が起きた際には珍しいことではないだろう。それを考慮した上でも、『スムード』最新号での経済状況・経済開発についての記事は、危機は旧政権・アメリカの占領から引き継いだ外発的なものであるとの居直り的な状況認識と、危機解消のために外部からの支援を求めるだけの無策ぶりが際立つものに終わった。悪い為政者が横領した資産を取り戻して人民に分配し、今後横領は生じないので必要な予算は適切に確保できるという主張は、『アラブの春』を経験した諸国でも盛んにふりまかれていた幻想だ。今般眺めてみた記事もこの幻想の域を出るものではなく、今後危機が発生しないような経済開発・運営をどのようにやっていくのかについては、相変わらずさっぱりわからない。

 奇しくも、11月17日にターリバーンはカブールにおける困窮者の掌握と彼らへの支援策の策定を赤新月社に委託した。同派が必要な社会・経済サービスを支援団体などに丸投げするであろうことは既に予想されており、ターリバーン自身はサービス提供そのもののために働くつもりがなさそうだということが一層明らかになってきた。アフガン人民の窮状を改善するための支援が必要なのは確かなのだが、それに際してはターリバーンの側に状況を把握したり、対策を講じたりする意思と能力がないという極めて悲観的認識からスタートしなくてはならなそうだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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