シリアの石油省は、2021年9月17日23時ごろ(現地時間)、シリアのダマスカス南東郊外のムバーラカ地区付近でアラブ・ガスパイプラインがテロ攻撃によって爆破され、複数の発電所へのガス供給が停止したと発表した。石油省によると、パイプラインは速やかに修復され、ダマスカス市をはじめとする周辺地域の停電も解消したらしい。およそ1年前の2020年8月にも同じような場所でパイプラインが爆破され全国で停電しているため、紛争下のシリアにおいては発電所や製油所などにガスや石油を供給するパイプラインが攻撃され、発電・送電や燃料供給に支障が出ることは珍しくないようにも思える。

 この事件については、「イスラーム国 シャーム州」名義で「経済戦争の一環としてティシュリーン発電所(注:ダマスカス東方)とダイル・アリー発電所(ダマスカス南方)に通じるガスパイプラインと送電塔を爆破した」とのニュース速報が出回っている。シリア政府の発表でパイプラインがテロ攻撃を受けたのはニュース速報で名前が挙がった二つの発電所の中間付近である。「イスラーム国」は、しばしば「経済戦争」と称して発電・送電施設を攻撃している。最近最も激しく「経済戦争」を行ったのはイラクでの送電塔への攻撃であるが、「ホラサーン州」(5月)や「西アフリカ州」(2月)でも類似の戦果を発表している。このような「イスラーム国」の活動の形態がシリアでも現れたという意味でも、今般のパイプラインへの攻撃は珍しいものには感じられない。ただし、過去数カ月、シリア領内における「イスラーム国」の活動は極めて低調であり、同派がPKKと呼ぶクルド民族主義勢力か、シリア東部からダマスカスやホムス、沿岸部へと物資を運ぶ車列、シリア砂漠で活動するシリア軍とそれに与する勢力をあまり高くない頻度で攻撃する程度になっていた。このような活動の在り方をアメリカから見れば、アメリカにとっては別に生死に関心のない者たちを攻撃し、しかもシリア人民への燃料などの供給を妨害して彼らの生活水準を下げるというアメリカの対シリア政策にも沿ったものである。しかも、「イスラーム国」が(アメリカに被害を与えない形で)そこそこ活動していることは、アメリカ軍がシリア領を占領したり、イラク国内に拠点を維持したりする口実としてはちょうどいい。アメリカとしては、この程度の「イスラーム国」の活動は傍観していればよいものである

 しかしながら、今般のパイプラインへの攻撃はアメリカにとっても傍観していればいい、では済まない問題をはらんでいる。というのも、攻撃を受けたアラブ・ガスパイプラインは、過日紹介したエジプト・ヨルダンからのシリア領を経由したレバノン向けガス・電力供給の通過経路だからだ。アメリカは、ガスや電力がシリア領を経由することにより、制裁・封鎖の対象であるシリア政府に物的な利点が生じることを承知の上でこの計画の創案に関わり、シリア政府に対して生じるであろう通過料の支払いやガス・電力の現物供給に知らんぷりを決め込むようである。この計画に直接関与するレバノン・シリア・ヨルダン・エジプトは、ガスの供給のための作業日程で合意し、シリアの石油相が一定量のガスを受け取るとの見通しをすでに表明している。アラブ・ガスパイプラインへの攻撃は、単にシリア領内の社会基盤への攻撃に止まらず、レバノンやエジプト、ヨルダンもかかわる、地域の情勢とそれにまつわるアメリカの政策の問題とも言えるのである。このような観点から見ると、今般「イスラーム国」はここ数年極力避けてきたイラクやシリアにおける「アメリカの利益」への攻撃に相当する行為としてアラブ・ガスパイプラインを爆破してしまったことになる。

 現在、アラブ・ガスパイプラインを通じたレバノンへのガス供給は始まっていないので、今般の攻撃は時期的に「アメリカの計画」を邪魔しないと考えることもできる。しかし、シリア領内でガスの輸送や電力の供給が滞れば、その先にあるレバノンへのガス・電力供給もただでは済まないのも自明なことである。「イスラーム国」にそこまで知恵が回らない可能性は大いにあるが、シリア政府はレバノンやアメリカの側に気に食わないことがあれば、「テロ攻撃」に伴うガス・電力の供給途絶という形でメッセージを送ることができることを知っているだろう。「イスラーム国」による「経済戦争」の一環としてのアラブ・ガスパイプラインへの攻撃は、「シリアの“悪の独裁政権”は制裁・封鎖したいが、それによってレバノンに悪影響が出るのは嫌だ」というアメリカの地域政策のご都合主義の核心に見事命中してしまったのである。