毎年夏になると、イラクでは電力需給が逼迫し、それに不満を抱く住民による抗議行動などの社会不安が発生する。今期も、気温の上昇で消費量が増えたところに、これまでの電力供給への料金支払いを要求するイランが電力供給を停止し、各地で抗議行動や道路封鎖が発生した。また、電力不足と抗議行動の続発を受け、6月末にはハントゥーシュ電力相が辞意を表明した。

 実のところ、夏期にイラクの電力需給が逼迫するのも抗議行動が発生するのも毎年の恒例である。また、それに伴い閣僚の首が飛ぶのもさほど珍しいこととは感じられない。その上、電力の供給量はそれなりに伸びているにもかかわらず、消費の伸びがそれを上回る傾向にあること、適正な検針・料金徴収制度がないことにより浪費を抑制できないこと、などの需給を逼迫させる要因も、毎年さしたる改善が見られないままである。イランからイラクへの様々な資源や物資の供給も、料金(適正価格かどうかは定かでない)の滞納や時々の政治・社会的な事情によりそれなりの頻度で発生するので、イランからの電力や燃料の供給が止まることも、珍しいというわけではない。つまり、ここまでの展開は、イラクにおいては残念ながら恒例のできごとであり、特段論評するまでもないことに思える。もちろん、イランとアメリカとの外交的な交渉や対立、イランの新大統領選出などなどの地域・国際情勢と結びつけて考えるほどのことでもなさそうだ。

 その一方で、今期の電力需給逼迫には、例年とは異なる理由で、新たなアクターが参入したようだ。この参入の結果、イラクの送電線の鉄塔をはじめとする電力供給設備や関係する人員への破壊行為・襲撃が頻発し、電力の供給不足に拍車がかかった。7月3日のイラク政府の発表によると、最近の破壊行為により人員7人が死亡、11人が負傷、61の幹線送電線が被害を受けた。この破壊行為のアクターとは、みんな大好き(?)な「イスラーム国」である。同派の週刊機関誌では2021年6月上旬から「経済戦争」と称してイラクにおける送電線の鉄塔を破壊する行為を戦果として広報するようになった。「経済戦争」というからには、イラク社会全体の生産力や人民の生活水準を低下させ、これにより戦闘を自派に有利に導こうとする考えに基づくのだろう。ちなみに、同派は小麦などの収穫期には畑に火を放つことを「戦果」として広報することもあり、これも同様の発想に基づく行為だろう。送電線にせよ穀物畑にせよ、単に破壊する方が維持・管理・復旧するよりも労力もお金もかからないのは自明なことであり、敵方の生産施設を破壊することは戦争の基本中の基本ともいえる。送電網への破壊行為の続発を受け、イラクのカージミー首相は軍に送電線の鉄塔の警備強化を指示したが、効果のほどは心許ない。

 そもそも、「イスラーム国」はイラクやシリアで領域を占拠していたころから自力で発電・送電や交通網、石油生産などを稼働させることも維持管理することもできていなかった。その結果、インターネット上ではこの分野の専門家を好待遇で「移住」させようとする書き込みが流布し、現場では元からいた職員らを金銭の支払いに加えて飲酒・喫煙・礼拝や断食破りの黙認などの「好待遇」で引き留めようとしていた。結局、必要な人材は「移住」してこず、元からいた職員は逃亡するという事態に至り、「イスラーム国」の占拠領域ではダム・発電所・送電網・幹線道路などの維持管理が困難になった。例えば、チグリス川に立地するイラク最大の水力発電所を擁するモスルダムは、ただでさえ危険性が指摘されていたところに「イスラーム国」の占拠中の放置が重なり、現在でも深刻な課題となっている。また、大規模かつ近代的な設備で生産ができなくなった原油や石油製品は、より小規模で原始的な方法で生産され、あらゆる面で悪影響しか残さなかった。ともかく、「イスラーム国」が言う「経済戦争」は、結局のところ生産については軽視どころか考えもしないという同派の特徴を如実に表す行為と言える。一時的な戦術として送電網への攻撃を採用したと主張することもできるだろうが、イラクの人民は「イスラーム国」が勝利した暁に送電網は無論、他の社会資本の状況が改善するとは全く期待できないことを知っている。今期のイラクの電力事情の悪化に一役買っている「イスラーム国」であるが、そのような行為には同派自身、人民から嫌われていることを自覚してそれを改めるつもりがないこと、同派による「統治」が何かを効率的に経営・運営することではないことを意味しているのだろう。となると、本当に「異常」なのは、「イスラーム国」などのイスラーム過激派が人民の生活を破壊することなのではなく、イスラーム過激派が何かの政治権力を樹立して国際関係なり何かの学術的分析なりの「歴史的」テーマになると誤認した側なのかもしれない。