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シリア:オリーブ収穫高は昨年並みらしいが…

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
オリーブやオリーブ油はシリアの食卓に欠かせない(筆者撮影)

 オリーブやオリーブ油は、中東の諸人民の食生活とはおそらく切り離し難い必需品と言えるだろう。しかしながら、解決のめどが立たない紛争や諸外国による経済制裁、諸事にまずさが目立つ当局の運営などにより、食糧を含む様々な生活必需品が不足し価格が高騰しているシリアにおいては、これが今後順調に人民に供給されるのかということが問題となっている。シリア紙は、今期のオリーブの収穫高とオリーブ油の生産高について、農業省の担当局長の話として「昨期並み」との見通しを報じた。それによると、オリーブの収穫高は81万4000トン、オリーブ油の生産高は14万トンだそうだ。これに対し、オリーブ油の国内需要は10万トンとの見通しの由なので、担当局長の発言は、オリーブ油の供給不安は生じないとの市場・世論対策の一つとも考えられる。

 というのも、去る9月に果樹農業が盛んなシリアの沿岸部を中心に、おそらく放火が原因と思われる大規模な山火事が発生し、オリーブをはじめとする収穫期の果樹類の農園が大きな被害を受けていたからだ。担当局長は、火災の被災地以外の地域での収穫高が好調だったため全体の収穫高が昨期並みと説明したが、被災した農園が再びオリーブなどの果実を産出するまでには長期間を要すると思われるため、長期的な供給不安は払拭できそうにない。また、本来シリアは世界的なオリーブの産地で、それに鑑みれば上記の記事で挙げられた収穫高はやはり惨憺たる結果なのだ。過去20年近く毎日シリア関係の記事をぼんやり眺めてきた中から拾ってみると、2006年のオリーブの収穫高は150万トン、オリーブ油の生産高は20万トンだった。紛争が勃発した2011年でも、オリーブの収穫高は100万トンで、これはアラブ諸国では第1位、世界的にも第5位の収穫高であるとの報道がある。紛争期間中、石油を輸出できなくなったシリアにとってオリーブ油は柑橘類やピスタチオと並んで貴重な輸出品、産業開発の材料となってきた。

 今後考えなくてはならないのは、オリーブ油が市中に順調かつ適切な価格で出回るかという点であるが、生産や流通に欠かせない燃料類の価格が高騰している以上、農産物の価格高騰も不可避であり、オリーブ油もその例外ではない。価格や供給に問題があるのならば、国家権力がそれを管理・統制すればよいとの考えもあろうが、「生産者が家族・親族・知己に市場に出回っているものよりも品質の高い産品を、市場価格よりも高く(安く、でもいい)提供した」との類の流通から、利益を得るための横領・横流し・転売のような流通は防ぎようもないのが実情である。むしろ、社会主義的な生産・供給体制を一定の程度で維持してきたシリアのような国では、統制を逃れる闇経済こそがより実情に近いものである。そうなると、オリーブ油の供給量や価格、輸出量の動向も、小麦や柑橘類などと同様シリアの経済状況やシリア人民の生活水準を観察する上での指標の一つとなる。

 必要な(或いは必要と信じられている)物資の供給や価格に不満が生じ、当局の規制や統制も買占めや転売の横行で効果を上げないという状況は、コロナ禍で我々も経験した事態である。シリア人民の状況ほど深刻ではなかったにせよ、そうした経験に照らしてシリア人民の窮状に思いをはせてみたらどうだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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