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シリア:柑橘類の収穫高も減少

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:Panther Media/アフロイメージマート)

 2020年9月13日付のシリア紙は、今期の柑橘類の収穫高が前年比で25%以上減少して78万8000トン程度になるとの見通しを報じた。読者諸賢にとってシリアの農業というとあまりイメージがわかないであろうが、実はシリアはそこそこの農業国で、小麦、オリーブ、柑橘類、ピスタチオ、綿花などを輸出していた。農産物は、紛争によって石油・天然ガスの産出地や施設が破壊されたり、政府の統制外になったりすることにより、現在のシリアにとってこれらを輸出することの重要性は紛争前よりも高まっている。小麦や綿花についても、主要な生産地であるシリア北東部が干ばつや戦災で打撃を受けた上、生産者が収穫物を「誰に売却するか」を巡ってシリア政府とクルド民族主義勢力とが争い、相互に嫌がらせを繰り返す事態に陥っており、生産や流通が回復するめどはたっていないと言える。

 一方、柑橘類については、シリア紛争での戦闘の影響が比較的軽微な地中海沿岸の諸県を主な生産地とし、オレンジ類、ミカン類、シトラス類、レモン類が国内で消費されるだけでなく、レバノン、ヨルダン、イラクなどへ輸出されてきた。また、現在のシリアにとって数少ない経済的権益ともいえる地中海沿岸地域での港湾開発でも、柑橘類の輸出や加工事業についての計画があるようだ。ちなみに、上記のシリア紙の報道によると今期の国内需要はおよそ50万トンで、30万トン程度が輸出される見通しだ。

 紛争期間中の柑橘類の生産高は、2012年はおよそ100万トン2013年は113万4000トン2017年は103万7000トンで推移している。当局によると、今期の不振は5月中旬の高温と、同時期の北東からの強風が原因だそうだが、当然ながら紛争も今後の見通しに悪影響を及ぼしている。例えば、通貨の暴落や経済制裁により、農業生産に必要な物資を調達・供給できないことが見込まれるため、気象条件などに関わらず将来の収穫高の見通しは悲観的になるだろう。また、紛争に伴う難民・避難民の増加や徴兵により農業に従事する者が減少すれば、その分農地や作物の世話をする者が減るので、やはり生産の回復は見込みにくくなる。これらに加え、最近は紛争の諸当事者がシリア人民の生活を全く顧みない傾向が一層強まっており、この傾向は農業生産を減少させ、シリア社会を荒廃させる効果しか及ぼさない。

 実は、過去数年シリアにおいては収穫を前にした農地に放火するという行為が紛争当事者の戦術として採用されている。この戦術は、2019年頃から「イスラーム国」が「戦果」として機関誌に掲載するようになっていた。「イスラーム国」の行為については、本来ムスリムを統治するはずのカリフの手下どもが「統治の場」であるはずの地域の農地や人民の生活を破壊するという行為を戦果として誇る時点で、同派の言うところの「国家」とか「イスラーム統治」がただのプロパガンダ、国家ごっこであることを明白に示すものと考えればよい。一方、シリア、特に南部や沿岸部での放火も最近深刻な問題となっており、こちらは「誰のせいか」を巡って紛争当事者間の非難合戦を呼んでいる。シリア紛争での農地をはじめとする人民の生活基盤の破壊は、「独裁政権による弾圧」と考えていれば済む問題ではなく、あらゆる紛争当事者が「熱心に」取り組んできた問題であるとみなすべきものである。イスラーム過激派を主力とする「反体制派」は、早くから鉄道・発電所などを破壊して屑鉄としてトルコで売り払うことを資金源の一つとしてきたし、「反体制派」の失敗の原因として、彼らが奪取した国家の備蓄穀物を人民に供給せず、やはりトルコで売り払ってしまったことを指摘する研究もある。やはりシリアの著名な農産品であるオリーブやリンゴについて考える機会があったとしても、シリア人民を顧みる当事者がいない、という悲しい気持ちになることだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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