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イラク:若者の自殺が増加

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカのニュースサイトは、イラクの若者の間で自殺が増加していると報じた。国連機関の発表によると、イラクでは2020年1月1日~8月30日の期間に298件の自殺事案が発生している。また、クルド地区を除くイラクでの自殺件数は、2003年は319件だったのに対し、2019年には519件に増加しているそうだ。

 その上、家族が世間を憚って自殺であることを隠そうとし、自殺の多くが「突然死」として記録されているようなので、実際の自殺件数はさらに多いと考えられている。若者の自殺が増加している原因としては、貧困、失業、将来への悲観があるようだ。ユニセフによると、中国発の新型コロナウイルスの蔓延とそれに関連する社会・経済的影響により、イラク人のうち450万人が貧困ライン以下で生活するようになった。また、ユニセフによると、イラクの貧困率は2018年の20%から2019年には31.7%に増加した。失業率も、2019年には約13%に達した。なお、アラブ諸国では不完全雇用、低雇用も深刻なので、日本などの感覚で「失業率」の話をするときは、現場の失業率はもっと高いことが多い。

 さらに、冒頭に挙げたニュースサイトの記事は、若者たちが自分たちの状況を改善するような真の改革が実施されることに希望を失い、自殺が増加していると指摘した。イラクでは、国家の統制の外で民兵組織が跋扈し、若者たちがイラク社会への帰属意識を失っているとの指摘もある。そうした中、2019年秋から改革要求・反政府抗議行動が広がり、当時のアブドゥルマフディー首相の辞任、カージミー首相が率いる現政府の樹立という政治的変化が起きた。とはいえ、イラク人民の生活水準を向上させたり、彼らが将来を楽観するようになったりする措置はなかなかとられていない。また、政府や民兵に抗議の声を上げる側も、「ではその後どうするの?」という問いに一向に答えようとしてない。

 世論調査などを駆使した最新の研究によると、イラク人民は政治エリートに強烈な不信感を持つ一方、イラクという国家の枠組みそのものは支持しており、民兵や「イスラーム国」のような主体の下でイラクの社会や国家がバラバラになるような状況を好んでいないことが判明した。これは、イラクが民族、宗教・宗派などの帰属に沿って分裂し解体に向かっているとの先入観とは反対の結果である。(詳しくはこちら)イラク政界にこのような意識を代表し、責任を持って行動する主体がないことが、状況の改善を妨げているようだ。社会の状況がよくないと自殺を含む様々な問題が顕在化し、若年層がその影響を受けやすくなるだろう。イラクの政治家、有権者、若者たち、そしてイラクに関与する諸外国などの当事者が、問題の所在を認識し、各々できること、すべきことをちゃんとするのが待たれているといえよう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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