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シリアで続く森林火災:政府軍ヘリコプター、イランの大型航空機、ホワイト・ヘルメットが消火にあたる

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2020年9月9日

森林火災の消火活動にシリア軍ヘリコプター、イラン軍航空機が参加

シリア北西部での森林火災が後を絶たない。

8月31日にはハマー県北西部のスカイラビーヤ郡(ガーブ地方)アイン・クルーム村一帯の植林地で、9月3日には同県ミスヤーフ郡ワーディー・ウユーン区のビーラト・ジュルド村の農地と植林地で、5日にはラタキア県ハッファ郡の避暑地スルンファ町の国立森林保護区内で火災が発生したのは、「シリア北西部で森林火災が相次ぎ、地中海東岸に残る数少ない杉の原生林の一部が焼失」で述べた通りだ。

だが、9月7日にはミスヤーフ市南西のアイン・ハラーキーム町やハズール村の森林で、8日にはハイルーナ村とラクバ村の森林で新たに火災が発生し、9日にはアイン・ガディーブ村の森林に火の手が拡がった。

これに対して、シリア軍は9月8日、消火活動にあたる地元の消防隊、民間防衛隊(ホワイト・ヘルメットではない正規の組織)、警察などを支援してヘリコプター2機を投入し、上空から水を散布した。また、9日にはイランの大型航空機1機も消火活動に参加した。

「アサド軍(シリア軍のこと)は、無垢の市民を殺戮するため、戦闘機やヘリコプターによる爆撃を躊躇しないにもかかわらず、森林火災にはこれらを投入しない」――シリア軍のヘリコプター、さらにはイランの大型航空機の消火活動への参加は、こうした批判を封じ込めようとして行われているようにも見えた。

火災は異常気象ではなく、すべて放火と火の不始末が原因

多発する森林火災に関して、農業省は、フェイスブックの公式アカウント「シリア農業広報」を通じて、調査委員会による初期調査結果を発表した。その内容は驚くべきものだった。

シリアでは8月末から、平均気温より10度前後高い日が続いていた。だが、一連の火災は、いずれも人災であることが明らかとなったのだ。

初期調査結果によると、アイン・クルーム村の植林地で発生した最初の火災は、放火によるもので、当局は容疑者3人を逮捕し、火災発生現場に木材を運搬した車輌5台を押収した。また、逮捕した3人以外にも、7人に対して事情聴取が行われてたという。

ミスヤーフ郡のシャイフ・ザイトゥーン山で出火し、ビーラト・ジュルド村、マジュウィー村、マシュラア村に拡大した第2の火災も、火の不始末が原因で、当局は1人を逮捕した。

スルンファ町の国立森林保護区内で出火し、ハマー県北西部のジューリーン村、フライカ村、アイン・スライムー村、ヌブル・ハティーブ村、アイン・バドリーヤ村、シャトハ村一帯に拡大した第3の火災は、火の不始末が原因で、当局は1人を逮捕した。

なお、ハズール村とアイン・ハラーキーム町での火災については調査中だという。

さらに内務省は9月11日に声明を出し、内務治安部隊が市民6人を、森林火災を引き起こしたとして、タルトゥース県で逮捕・起訴したと発表した。

6人は、ムジャイディル村、ハマーム・ワースィル町、フスン・スライマーン遺跡、ジャニーン村の住民で、自らの農地で野焼きした火が、森林に燃え移り、大規模な火災を引き起こしたという。

それでも火災は拡がり続けた。9月10日には、タルトゥース県バーニヤース市近郊のジュワイバート村の森林と、ヒムス県西部のズワイティーナ村、ウユーン・ワーディー村の森林や農場で新たな火災が発生する一方、ミスヤーフ郡では、バイト・シャルフーム山、ワーディー・ウユーン村の森林に火の手が及んだ。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、一連の火災での焼失面積は8,000ドゥーナム(8平方キロメートル)に達しているという。

シャーム解放機構は「解放区」へのシリア軍の攻撃で火災が発生していると主張

森林火災がいずれも人災だったと発表されるなか、シャーム解放機構のアブー・ハーリド・シャーミー軍事報道官は9月9日に報道声明を出した。

シャーム解放機構は、シリアのアル=カーイダで、イドリブ県を中心とする反体制派支配地域、いわゆる「解放区」の軍事・治安権限を掌握し、トルコが後援する国民解放戦線(国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army)と「決戦」作戦司令室を主導するテロ組織。

シャーミー軍事報道官は、「解放区」の西の端に位置するラタキア県北東部のクルド山地方とトルコマン山地方で、最近になって火災が多数発生しているとしたうえで、それらがシリア軍の砲撃によるものだと主張したのだ。

このとき、この地域での森林火災は確認されていなかった。

だが、翌9月10日、主張は現実のものとなった。同日の未明、火が、シリア政府の支配下にあるハマー県北端のドゥワイル・アクラード村から、「解放区」内のラタキア県クルド山地方、イドリブ県シャイフ・スィンドヤーン村、ヒルバト・ジャウズ村の灌木地帯に広がったのである。

ホワイト・ヘルメットが消火活動に参加

これと前後して、シャーム解放機構と協力関係にあるホワイト・ヘルメットが活発な動きを見せるようになった。

ホワイト・ヘルメットは9月8日、フェイスブックやツイッターの公式アカウントを通じて声明を出し、政府支配地域で続く森林火災の消火作業を支援する用意があると表明した。

アラビア語ではなく、英語で記された声明の内容は以下の通り。

声明:シリア民間防衛隊はシリアでの火災の消火を支援する用意がある。

シリア西部の村や都市は数日前に農地や植林地で発生した大規模火災と闘っている。火は制御できず、環境、そして市民数十人に被害をもたらした。

火災は一地域に被害をもたらすだけでなない。広範囲に拡がり、民間人の居住地を脅かし、環境被害をもたらす。これらの地域が復興するには数年を擁するだろう。

シリア民間防衛隊はシリアの人道活動の現状を目にして悲しくなる。なぜなら、我々は、ボランティアの身の安全を考えているがゆえに、自分たちの人道的な義務を果たすことができないからだ。

シリア民間防衛隊は、消火と復興プロセスを支援する用意があることを強調する。シリア民間防衛隊がシリアの複数の地域で発生している災害と闘う用意があると表明するのはこれが初めてではない。

シリア民間防衛隊は、ボランティアの身の安全が確保され、彼らが火災の拡大を食い止めるために(政府の支配)地域に入り、今後起こり得る災害や被害から市民を救う方法が与えられることを改めて要求する。

ホワイト・ヘルメットはまた9月10日、ツイッターを通じて次のように表明し、消火活動にあたる隊員の写真や映像を次々と公開していった。

シリア北東部への火災の拡大に備えて、ホワイト・ヘルメットは非常事態を宣言し、火災拡大を抑えることに努めるため、同地域に資源を展開した。

そして9月11日、政府の無能ぶりを批判し、自らの活躍を鼓舞するかのように、「解放区」に拡がった火災の80%を鎮火したと発表した。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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